ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

ディズニー格安入場券㊥

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ホテルからリゾートまでは、そんなに遠くなかった。車で30分くらいのものだから、広大なアメリカ式に考えれば「目と鼻の先」とも言える。
フロントともレセプションとも見分けのつかないところに入ると、すでに情報が届けられているのだろう、お姉さんが書類を持ってソファーに腰をかけている私達の方へやってくる。写真のついた「身分証明書」の提示を求められ、私達の場合はパスポートで本人確認のようなことをする。
「この後、係員が食事に連れていってくれ、その後リゾートに関する説明と見学となります」
お姉さんは説明してくれるのだが、なんたって朝食取ってすぐにこんなところに来るハメになったわけで、お腹なんか減っているわけがない。
「とりあえず見学ツアーを済ませちゃってから、食事っていうのは可能かなぁ?」
お姉さんに聞いてみると、その旨係員に告げてくれればいいとのこと。
見学ツアーという風に聞かされて来ていたから、私は勝手に
「はーい、みなさんこちらですよぉ。はぐれないでくださいねぇ。右手に見えるのが当リゾート自慢の五つのプールでございます。右から流れるプール、すべり台のあるプール、飛び込み用やたらに深いプール、お子さま水浴び用プール、最後がジャグジー付きプールでございまぁーす」
的なガイドをしてくれる、アロハシャツかなんかを身にまとった人が来て、旗かなんかもってウロウロ歩き回るというのを想像していたのである。
しかし、ぼぉーっと待っている我々の前に現れたのは、このクソ暑いのに深緑色のスーツをカチっと着込んだ男性であった。
な、なんなんだ、この場違いな服装わ! と思いつつ私は、簡単な自己紹介を終えたところでこの男性に告げた。
「あのぉ、最初に食事って言われたんですけど、朝食食べたばっかりで……」
残りの『だから食事は見学ツアーが終わった後にということで』を言う前に
「ははーん、食事は要らないと。わかりました、ではこちらへどうぞ」
男性はそう言うと歩き出した。
別に食べはぐったところで痛くも痒くもないサービスの食事である。こちとら遊園地の入場券さえ手に入ればそれでいいのだ。
ドアを抜けてホールのようなところを通り、大学の学食みたいなスペースへと案内され
「ではどうぞこちらにお座りください」
というわけで、我々はテーブルにつく。
え? 何? ガイドによる見学ツアーに行くんじゃないの??
不安な顔になった私に男性は
「最初にここでいくつかのアンケートに答えてもらい、このリゾートのことについて説明します」
と。
ああ、なるほどね、そういうことか。
『このリゾートのゴルフ場は32ホールで、プールは5つあって……』というのを、実際に見る前に教えてもらう仕組みなわけねー。私はどこまでも能天気で無邪気なのであった。

さて、お話はアンケートから始まるのだが、尋ねられた質問というのは
● それぞれの職業は何か
● 一年に何週間くらい休暇にでかけるか
● これから死ぬまでに何回くらいバケーションにでかけるつもりか
● 一回の休暇で、お金の心配が無いとしたら何週間くらいを当てたいか
● 今まで行った旅行先で、一番楽しかったのはどこか
● 旅行先での一日あたりのホテル代に対する予算はどれくらいか
● 向こう4年間で、「きっと旅行は無理だな」というような出来事はあるか
● あなたにとって休暇とは何か?
と、まぁどうってことのないものばかりだったこともあり、かなり気軽に質問に答えていたのだが、話はだんだんと「我が社のファイナンスがどうたらこうたら」とか「信用のおける企業が出資しているジョイントヴェンチャーだ」とか、「利益効率の良さでは新聞にも驚異的と取り上げられたのだ」とかの話になってきて
あれ? ひれ? ほれ?
だってそうでしょう? リゾート・ホテルに泊まるか泊まらないかという場合、ホテルのファイナンスやら利益効率まで調べて予約なぞ入れないもの。
なんかうっとうしいなぁー。
思いながら聞いていると、男性は先ほどのアンケートで私達から聞き出した情報をもとに、電卓片手に何やら計算をし始めた。
ん? 何が始まったのだ?
私がぼんやりと成り行きを見守っていると
「何月何日から7日間、ニューヨークから来た××さんと○○さん」
というマイクを通した声が他のテーブルからいきなり響いてきて、ウォーウォー、ひゅーひゅーという歓声とともに会場から拍手が沸き起こった。
いっ、いったい何がここで起こっているのだろう??
どうしたものかとまわりを見回してみると、なんだかそこのホールに居るみんなが拍手をしているように思えた。
安っぽいコメディー番組の観客のように、アシスタントディレクターの合図かなにかで私も拍手せねばならないのであろうか?
狐につままれたような気分の私に、男性は電卓の上の数字を指し示した。
「これは[1日あたりのホテル代に対する予算]×7×[一年に休暇に費やす週]×[これから死ぬまでに出かけるバケーションの回数]で、これから死ぬまでに使うであろうホテル代に値する金額です」
はじき出された数字に目をやった私は、男性に尋ねた。
「で? それがなに?」
英語でやりとりをしていたので、「さー、そこだ!」とこそ言わなかったものの、彼はすでにそういう顔つきになって
「だから私達がお手伝いをするのです」
得意げに言った。
「ん? 何のお手伝い?」
私がまだ判らずに首を捻っている間も、「何月何日から7日間、ルイジアナから来た××さんと○○さん」というマイクの声に伴った、ウォーウォー、ひゅーひゅーの歓声と拍手は会場に巻き起こる。
いったい、なんなんじゃこりゃ??
「これだけの金額をあなたは世界じゅうのホテルに払うことになるのですが、それは払っただけで何の財産にもなりませんよね?」
男性はまだ続ける。
「そりゃぁ、航空券を買って旅に出ても形としては何も残らないのと同じで、形の無いサービスにお金を払ったってことでしょう?」
私は反論したのだが
「そういうことではなくて……では、払ったホテル代があなたの財産になるとしたらいいと思いませんか?」
なんだか言っていることが判らないのである。
彼は他にも
「世界の1流ホテルといわれる部屋の清掃では、トイレの床を拭いたタオルでクローゼットの上を掃除したり、枕の上の埃を払ったりしてるんですよぉ。ひどうい衛生状態だとは思いませんか?」
だの
「無為にホテル代として払うのはお馬鹿さんのすることだし、ここオーランドの土地の価格は毎年毎年上がり続けていて持っていれば財産価値としても素晴らしいものになります」
だの言うのだが、かいつまんで言えば
「我がリゾートの会員権は、今度あなたが誰にともなく払い続けるであろうホテル代以下の18000USドルで買えるのですよ。この金額さえ払ってしまえば、後はわずかな管理費用だけで毎年1週間このリゾートに宿泊する権利があなたのものになるのです。お友達や家族に『オーランドの物件に一週間滞在する権利』をプレゼントすることもできますし、あなたの子供に会員権自体を譲渡することも可能です。我がリゾートは世界中にその拠点がありますから、『毎年オーランドにバケーションに来るかしら?』と思い悩む必要はないのです。ここにある分厚いリストの中からヨーロッパだろうとアジアだろうと、たった129USドルの手続き費用を支払うだけで、あなたの行きたいバケーション地と交換することが出来るのです。交換に当たってはオフシーズン、ハイシーズン、人気のある物件なのかという点を考慮に入れなくてはなりません。人気のある場所だと『1週間の滞在』が三日になってしまったりすることもあります。しかし、ここオーランドは、アメリカ随一の観光地であり、365日1年を通して毎日がハイシーズンというきまりになっているので、交換する際にも非常に有利ですぜ」
という、ちっともかいつまめていないがこんな内容だった。
自分でもかなぁり昼行灯だとは思うが、私はいわゆるリゾート会員権を買うように勧められているのであるということが、話を聞いているうちにやっと判明したのである。
なぁーんだ、そういうことかぁー。
リゾート会員権なんてもの、はなっから買う気はないし、ご自慢の分厚いリストを見せて貰ったが、結構通っているタイでも
「いったい誰がこんなヘンピな場所にホテルを取りやがったのだー! これじゃ町の市場へも行けやしない!」
と叫びたくなるような隔離された場所にしかリゾート物件はなく、日本、台湾にに至ってはまったく物件どころか連絡を取る事務所さえ存在しなかった。
だめだこりゃ。
価格よりも何よりも、物件としてのバラエティーに乏しいこと、毎回連絡をするのに国際電話を掛けなければならないなんて! の2点で私にとっては即アウトだった。
営業マンの男性は
「どうです?素晴らしいでしょう?」
とかなんとか言って、ニコニコ私の顔色をうかがうのだが
「いらないったらいらないんです。ほな、さいなら」
帰ってしまっては、肝心の遊園地入場券が手に入らない。なんたって「見学ツアーに参加したお礼ですよ」とカウンターの男性から言われて来たのだから、こうしてただテーブルについて話を聞いて逃げてはイケナイのである。
そこで
「とりあえず見学ツアーへ行ってから考えます」
答えたのだが、営業マンは
「いいでしょう、では行きましょう。ただし、このリゾート会員権に関しては、『明日』はありません。チャンスは今日だけ。『何日か考えてまた連絡する』というような結論ではなく、『買う』か『買わない』かの二つに一つが答えですからね」
と告げられた。
そうとなれば話は簡単である。相手はアメリカ人、気に入らなければ
「けーっ、こんなボロくそい物件に誰がお金なんか出すもんか!」
はっきり告げればいいのだし、気に入ったとしても
「とはいえ、はした金じゃないのだから……そんな、今決めろって言われても無理だわ。せめて何日か考える時間を貰えたら違ったのに。今日結論が出せないのだから、買わないまでのことだわ」
と逃げてしまえばいい。
営業マンの運転するミニ・カートみたいな乗り物に乗って、部屋やプール、クラブハウスなどを見て回ることにした。

しかし、はっきり言ってどの設備も非常にキレイで素晴らしかった。部屋はどの部屋にも応接スペースがあり、食器乾燥機備え付けのキッチンあり、見晴らしのいい食事も出来るテラスがあり、洗濯機やら乾燥機もバッチリ整っていた。リゾート・ホテルというより豪華マンションとでも言った方が良いかもしれない。同行者も
「ほーっ、さすがアメリカ。内装スゴイよ」
と感動していた。
私の貧乏旅行スタイルにはどう考えても相容れないのは確かであったが、それこそウチの旅行狂いの親などが見たら
「いいわねー、こういう場所に毎年1週間くらい行けたとしたら!」
なんて言い出しかねない感じでもあった。

見学ツアーからもとの学食みたいな場所へ戻る前に、営業マンから
「お金のことは一切考えに入れず、今の物件を見て買いたいと思いましたか? それとも、買いたくないと思いましたか?」
尋ねられたので、私は正直に
「買いたいくらいに素晴らしい物件だけれど、私にリゾートは必要ないと思った」
と答えた。
「なぜ必要ではないと?」
彼は非常に丁寧に聞く。
「さっきも言ったけれど、私の職業は旅行作家。私の旅の目的は現地の人と会って雑談をしたり、現地の人が食べる物を食べて、現地の市場をウロつくことで文章が成り立つのだ。あんなに豪華な部屋のある隔絶されたリゾートに滞在していては、いわゆる何かを書く『ネタ』とのめぐり合いが少なくなってしまう」
最初から最後まで、非常に紳士的だった彼をガッカリさせるのは忍びなかったけれど、これが偽らざる私の気持ちであった。
そこへ同行者が
「あなたが我々に色々と説明し、紹介してくれたことは感謝しているけれど、決して少額ではない買い物を今日決断するのは難しい」
言ったところから悪夢は始まった。