ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

乾爸④ 湖南も麻辣粉

f:id:bokenkozo:20180523205805j:plain

招待所の受付のお姉さんは、乾爸の様子を目にしたからか
「2時に部屋を空けてくれればいいから」
と優しいことを言ってくれた。
4階までエレベーターがあればいいものを、エレベーターはあるにはあるが動いていない。
片手でてすりを握らせ、もう一方の手で杖を握り、その体を私が支えるという感じで階段を上る。やっと4階について部屋に入れば、暖房のスイッチが見当たらない。
「どこだどこだ?」
さんざん探すのだが、どこにもない。
服務員のお姉さんに
「あのぉ、暖房のスイッチは?」
と訊ねてみると
「ああ、この部屋の暖房は壊れてるの」
とにべもなく返された。
え??壊れてる?? 暖房付きって言ったじゃないかぁ! 壊れてるってどういうことだ!
怒ってみたところでどうにもならない。壊れてるものは壊れているのである。
ふーーー。
乾爸は服を脱ぐでもなく、寒い寒いといってそのままベッドにもぐりこむ。
当たり前だ。私だって死ぬほど寒い。お風呂場を見てみると、がぁーーん。あるのはシャワーだけであった。
せめて浴槽があれば、お湯を溜めて温まることもできるのに……。
寒くて震えている乾爸のために、何もしてあげられない自分が情けなくなった。せめて暖かいものでもと思ってお茶をいれ、乾爸に渡すのだが、寒い寒いと丸まっているだけだ。
「シャワーを浴びたらどう?ちょっとはあったかくなると思うんだけど……」
そう言ってはみたものの
「寒いからやだ、お風呂は入らない」
といって、掛け布団を首までたくしあげるのである。
うーーん、そうだよねぇ。
なんて思っているところに、ホテルの服務員が来て
「寒いでしょうから」
と、厚い掛け布団を置いていった。
乾爸にそれを掛けてやり、私はシャワーを浴びることにする。
シャワーのお湯は思ったよりも熱くて、体を温めるということには勿論ならないけれど……解凍することはできた。
「ねぇ、お湯は結構熱いよぉ」
乾爸にそう言ってみると、気が変わったのか
「じゃ、入る」
のこのこと服を脱ぎ出した。
起きていても寒いだけだから、とにかく服を着まくって布団をかぶって寝てしまう。
さっ、寒いぃぃぃ。

翌日は午後二時にチェックアウトして、乾爸を駅の待合所へ連れていく。
駅の待合所は三つのセクションに分かれていて、一番手前が一般の人、奥へ行くとお母さんと体の不自由な人、一番奥が軍人専用である。体の不自由な人用の待合室には特別な入口があり、ここから乗車するようになっているのだ。
夕方の列車なので食料を調達しなくてはならないが、駅のまわりはどこも物価が高い。私は街の中心地に買いだしに出掛ける。
中心地といっても何がどこにあるんだか分からず、とにかく駅からまっすぐ西へ伸びる五一路をずんずん行く。
5月1日というのは労働節であり、日本のメーデーに当たるだろうか。社会主義中国においての「労働階級」というのは何よりも高いのである。道の名前もこんなところからつけられている。
さて、阿波羅(アポロ)という大きな百貨店があり、すぐ横にはファーストフードのKFCもある。
このあたりが中心地なのだろうか?
阿波羅(アポロ)の角を右へ曲がってしばらく行くと、右手に小さな路地がある。中をのぞくと小さな店が延々と軒を連ねている。こういうところは結構好きなので、ずんずん路地を入ってみる。
食べ物屋の屋台がずらりと並び、馬蹄(クワイと日本語には訳されるがウォーターチェストナッツ)を串に刺したものなどが売られている。お焼きのようなもの、蒸しパン、果物……。ありとあらゆるものがある。
しばらく行くと右手に市場があり、一階は肉や魚や香辛料、二階は青物になっているが果物はない。
野菜の中に大きな唐辛子があるのを見つけた。昼食のおかずにも入っていたが、まるで赤いピーマンのようでもある。イメージとしては唐辛子をそのまま虫眼鏡で大きくしたような感じ。
よく見かける「赤いピーマン」がでっぷりと太めなのに対し、細長い感じなのだ。香辛料としてではなく、野菜としてこの赤い唐辛子は使われているのである。まるでブータンみたいだなと思う。
食べてみれば味は唐辛子の味だけれど、それほど辛くはない。ただし、色合いとしては食欲をそそるものがある。
インスタントラーメンだの、果物だの……列車の中で食べられるようなものを次々と買っていく。マンゴーは3個で10元、決して安くはない。
ある程度の買いだしも終わり
「コーヒーでも飲もうかな」
そう思ってKFCに入る。
手羽先とコーヒーがセットになったのを頼むと、前に四川省に行った時に大層お気に入りだった麻辣粉がついて来た。麻辣を分解して説明すると麻が「山椒の粉」で、辣は「唐辛子の粉」。料理にもこの「麻辣」は多く、「麻辣牛肉」だの「麻辣鶏丁」だのがメニューに書かれている。辛いだけではなく「痺れるような感じ」、これが私にはたまらない。
日本では四川といえば辛い料理の代名詞のように思われているが、実は湖南省は四川にも増して辛いモノを食べると有名なのである。

話はちょっと逸れるが、中国のそれぞれの省にはニックネームのようなものがある。たとえばチベットは「藏」、四川は「蜀」、内モンゴルは「蒙」といった具合だ。湖南は「湘」で「湘南」といえば湖南省の南を指す。
私自身、日本の湘南は長く住んでいるところなのだが、雨がしょぼ降り泥でまみれる灰色の省都・長沙は、海沿いの湘南とは似ても似つかないものなのであった。