ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

乾爸② 嫌な感じ

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1995年、乾爸と同じように大陸帰りを決めた台湾の老人が、香港で置き去りにされるという事件があった。この老人は身体が不自由だったので、大陸から奥さんが香港まで迎えに来ていた。奥さんというのは当時大陸に残して来た女性のことだろう。
車椅子で台北からの便を後にした老人が無事に奥さんと会え、荷物を渡してホッとしたのもつかの間。この奥さんは老人のパスポートから現金から、何から何までを持って姿をくらました。
車椅子に乗った老人は、どこかで迷ってしまったのではないかと、ひたすら奥さんが戻って来るのを待ったという。
パスポートさえ無いので、結局この老人は台湾へ送り返されたのだが……その胸中はフクザツであったに違いない。
「私に戻って来て欲しかったのではなく、私のお金が目当てだったのか」
がっくりと肩を落とし、車椅子に乗せられて行くしょげ返った老人をこの目で見た時のあの気持ちが、私の気持ちの中でむくむくと頭をもたげる。

こんな風に心配するのは私だけではない。乾爸の友達も近所の人も、みんな
「本当に大丈夫なのぉ?」
何度も乾爸に聞いたのだ。
「乾爸に帰って来て貰いたいんじゃなくって、乾爸のお金に来て貰いたいって思ってるんじゃないの?」
冗談めかしてではあるが、私も正直に訊いてみた。
「いや、そんなことない。今まで12回も大陸に帰って、そうじゃないことを確信した。甥の嫁もよくやってくれるしな」
がんばーは私にはっきりとそう答える。
なんでも甥っ子が結婚したお嫁さんという人が家を切り盛りしていて、帰るたびに乾爸の面倒を見てくれるのも、このお嫁さんなのらしい。
乾爸は旧正月前に足が麻痺してしまって入院しており、目は緑内障が進んでいてあまり見えない。面倒をみてくれる家族が居るのであれば、家族と暮らす方がいいのではないか。
そんな風に思いはじめた私に
「身体が不自由で歩くのが精一杯なんだよ。だけど荷物は多いし……悪いんだけど、君と相棒の2人で貴州の家まで送って行ってくれないかな?」
乾爸は言うのである。
確かに杖をつきつき、大きな引越し荷物を持って1人で帰るのは大変だろう。
かといって私も乾爸とのコミュニケーションには不安がつきまとう。しかも、貴州あたりの人々がみな乾爸のような訛りで話すのだとしたら、これはもうお手上げである。
しかも中国は簡体字のはずで、台湾・香港と繁体字に慣れ親しんで来た私には難しい。
これでは「オシでツンボで文盲の私」に他ならない。放送禁止用語が気になるムキには、「耳が不自由で、口が不自由で非識字である」とでも言い換えておこうか。
あーー、どうしよう。
手を貸してあげたいのも山々だし、乾爸の世話をこれからしてくれる人々がどんな人達なのかというのも見ておきたい。どんな場所に住むことになるのかという好奇心も勿論ある。
こうして台湾に住んでいなければ、なかなか『中国大陸に定住する友人』を家まで送って行くなどという機会はめったにないはずだ。
私は相当考えたのだが
「よし、荷物持ちでついてってやろうじゃん!」
と腹をくくった。

出発当日、乾爸の家まで迎えに行ってみて、私は激しく腹をくくったことを後悔した。もともと『荷物持ち』としてついていくのが前提だったのだから、荷物を持つことに関しては覚悟が出来ていた。
しかし、しかし、それにしても荷物が異常な量だったのである。
乾爸の荷物は私の身体くらいもあろうかという大きなバッグが2個、小さなボストンバッグが三個で合計5個。これに私と相棒の着替えを入れたバッグがひとつ、全部で6個である。
先にも書いた通り、乾爸は片方の足が麻痺しており……荷物はひとつも持てない。つえをついて歩くだけが精一杯なのだ。
げーーーっ、六個の荷物をどうやって二人で持てって言うんだよぉ。あたしら、千手観音かい!
と思ったが、今更じたばたしても始らない。
さらに
「行きの電車の中で食べるのだ」
と、リンゴや饅頭のいっぱい詰まった重たいビニール袋まで出して来たので
「乾爸、こんなにどうやって持てっていうの?もったいないけど、このリンゴとか饅頭とかは無理だから置いて行こう」
私は拒んだ。
乾爸は
「せっかく買って準備したのに……」
ブツブツ文句を言っていたが、なんとかなだめすかしてビニール袋は諦めさせる。
にもかかわらず空港でチェックインしてみると、二つの大きな荷物ですでに70㎏。チェックインの手荷物。ファーストクラスのチケットを別にすれば、原則的にエコノミークラスは一人20㎏という決まりがある。3人でも60㎏……どう考えても重量オーバーなのだ。
台湾の航空会社というのは乾爸のような大陸帰りのお客さんに慣れているのか、彼らの重量オーバーに関してはかなり寛容。
「どうせだから、それもチェックインしちゃいなさい」
小さいのひとつと私の荷物、超過料金も請求せず「目をつぶる」ということをしてくれた。死ぬほどありがたかった。