ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

㉓Rさんの『朝寝坊』

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DBC・インドネシア

今日くらい九龍側に住んでいて良かったと思った日はない。

ブリーフィングの時間は12時15分なのに、目が覚めたのは12時きっかり。冷や汗がさあっと背中を流れる。 とりあえずレポシの電話を会社にしてから、病院に行こうかとも思ったけれど、ブリーフィングの最初にEYパーサー以上の、管理職だけのミーティングが5分くらいあることがほとんど。『もしかしたら間に合うかも』というのに賭け、制服と荷物をわしづかみにして、タクシーに飛び乗った。

昨日のうちに、荷物をまとめて置いたから良かった。運転手に『コクタイタイハー』と告げてから、後部座席でごそごそ寝間着を着替え始めた。結構運転が荒いから、ストッキングを穿いている時にひっくり返りそうになったけど、何とか身支度を終える。 会社の建物が見えて来る頃に化粧ポーチを取り出すが、鏡を見ている余裕はないので、ファンデーションをやみくもに塗りたくる。最後に塗った口紅が随分はみ出ちゃったけどかまうこっちゃない。塗ってありさえすればいいんだから。

タクシー代よりちょっと多いけど、お釣りを貰っている暇はないから、30HK$を投げつけて、一気に階段を駆け上がる。時計の針はちょうど12時15分を差している。どうか最初に管理職ミーティングがありますように……。

カウンターの上の名簿に、署名というより幾何学模様を書き入れながら、部屋番号を確かめて1番の部屋まで猛ダッシュ。大丈夫!残りのクルーが、今まさに部屋に入ろうとしているところだった。 肩で息をしながら呼吸を整えつつ、『人間なせばなるもんね』なんて思って涼しい顔を装って席に着く。どうしてみんな私の顔を見ているのかしら。

チーフパーサーが、全員着席したところでおもむろに私を見て言った。 「あなた、そう。そこのあなた」 『ひょえー!私のことだ。どうして? ちゃんと時間にはぎりぎり間に合ったじゃない。このチーフパーサーとは前に飛んだこともないし、因縁つけられる理由もない。いったい何が気に入らないのかしら』 とまどう私に 「ブリーフィングに来る時は、ちゃんと時間に余裕を持って出社しなければ、いけないでしょう?」 とひとこと。 『わぁ、チーフったら透視能力でもあるのかしら。どうして分かっちゃったんだろう』 どきまぎしている私に 「誰か鏡を持っている人、彼女に貸してあげなさい」 鏡がどこからともなく回って来て中を覗く。 なんとピンク色のカーラーが昨晩前髪を巻いたまま、ちょこんと額の上に乗っかっていた。 本日2度目の冷や汗が、つつっと背中をつたっていった。