ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

⑳Oさんの『恐怖のブリーフィング』

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7BC・韓国人 ブリーフィングは本当に緊張する。これが終わると、乗務は半分以上終わったも同然。 一番恐ろしいのは、緊急避難用具について質問されること。これは機種によって、数や場所が違うから混乱する。それに全て英語だし指名されて、皆の視線がわっと私に集まると、なおさら緊張してどもっちゃう。韓国語ならちゃんと答えられるんだけど。しかもなぜか新米はいつもこの質問をされちゃう。あんちょこも作ってテーブルの上に置いてあるんだけれど、いざ答える段になると緊張のあまり、盗み見することも出来ない。

私の前にシンガポール人が当たった。 「左の4番ドアにはどんな緊急避難用具がありますか?」 彼女がすらすらと答えるのを聞いていると、『私にもこれなら、答えられる』と思うのに、いざ私に 「左の5番ドアにはどんな緊急避難用具がありますか?」 という質問がまわってくると頭の中が真っ白になって、何も浮かんで来なくなる。 「色々あるでしょ、何か一つでもいいから言ってごらんなさい」 チーフパーサーは、特に意地悪というわけでもなく優しく言ってくれたのだが、焦れば焦るほど汗ばかりが顔から噴きだして来る。手の甲で額の汗をぬぐって、ひたすら考える。 『5番ドア、5番ドア。いつも私が座っているあたり、一体何があったっけ……落ち着け落ち着け。あ、そうだクロークルーム(洋服掛け)がある。洋服掛けってことは中に何かあるはず。ウーン中には何があったっけ...そうだ!』 口をついて出た答えは 「ハンガー!」 まわりから失笑がもれる。緊急避難用具を聞かれているのだから、すっとんきょうな答えだったに違いない。忍耐強く答えを待ってくれた、チーフパーサーの顔からも笑みが消えた。当然のことだ。

「私はね、漫才をしているんじゃないのよ。ハンガーは緊急避難用具じゃないでしょう?もう一度だけ考えてごらんなさい。5番ドアのまわりには色々な物があるでしょう」 チーフパーサーの声は先ほどの温かさを失ってはいたが、あいかわらず忍耐強い。 『どうしよう……答えられなければ乗務させてもらえない。早く何か言わなくちゃ』 全身の血が脳の中に流れ込んで、ドクンドクンという音が聞こえて来る。まるで頭が心臓になってしまったかのようだ。 クルー16名全員の顔が私を見詰める。もし魔法が使えるのなら、この場からシューっと消えてしまいたいと思ったその瞬間、1つの答えが頭を過ぎった。でもこれを口にしたら、今度は笑われるだけでは済まないかもしれない。じっと我慢してくれたチーフパーサーだって、怒り出すに決まっている。今日は乗務させてもらえなくなるに違いない。でも何か言わないと……緊張した空気がぴいんと張り詰めている中、『ヘッドフォンを入れる袋』という浮かんできた答えを、必死に頭から追い払おうとしている私だった。