ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

㉒Qさんの『3Kかも?』

f:id:bokenkozo:20180520182305j:plain
DBC・日本人

この会社に入ってから随分スチュワーデスのイメージが変わった。にこにこして英語が話せる優雅なイメージは、ベルリンの壁のようになし崩しになり、実はえらく汚い仕事だとわかってきた。

エア・フランスのクルーがまず飛行機に乗ってすることは、自分達が一息つく為のカフェオレを淹れることなんだときいたことがある。 エア・フランスは余りある機体を持っているから出来ることなんだろうけど、うちの会社じゃあ考えられない。機体を最大限使いまわしているので、ブリーフィングを終えて空港に着いても、私達の乗るはずの飛行機が着いていることは珍しい。空港の建物で散々待たされてから、機体の到着とともに飛行機へクルー専用のバスで向かう。 到着便からの最後のお客さんが降り終わるのを、今か今かとタラップ下のバスの中で待ち構えていて、到着便のクルーがまだ飛行機から降りないうちに私達クルーと掃除のおばちゃん、機内食などを積み込むケイタラーがわっと乗り込んで、飛行機の中は休日の繁華街のようになる。

掃除とケイタラーの仕事が終わるまで待ってから乗り込めばいいのだけれど、この機体が遅く着こうが早く着こうが、私達の便のお客さんは定刻通り乗り込んで来る。うちの会社のフライトがいつも時間通りなのには、裏方が超特急で仕事をするという秘密が隠されているのだ。 少しでも地上での仕事を早く始めて、少しでも多くの準備をしておかないと、後で忙しくなって大変だ。足早にタラップを駆け登る。

どうしてこうも飛行機というのはくさいのだろう。何の匂いと言い切ることは出来ないけれど、人臭い。人って朝起きた時って臭いでしょう? ああいう匂い。靴下とか歯磨きしてない口とか、食事を温めた時のぷうんと漂う匂いとかが入り雑じっている。 この匂いが制服とかエプロンとかに染み付いて、アイロンを掛けた時に匂い立つ。これが嫌で、最近はパンパンと叩いて干すだけで、アイロンは省いている。どっちにしたって着てしまえば、汗とシミでぐちゃぐちゃになるんだから同じことだ。

自分の担当場所へ急ぎ、荷物を所定の場所に投げ入れる。くさいエプロンとか低めの履き替えの靴なんかはバッグから出して、最後列の座席の後ろのポケットに突っ込む。するとポケットから前の便のメニューや入国用書類なんかが出て来て 「新米のしわざね、まったくやりっぱなしなんだから」 などと舌打ちしながら、それをごみ箱に勢いよく捨てる。 それから緊急避難用具の確認。1つ1つ酸素ボンベはあるか、十分な酸素が入っているか、天井にしまってある予備の救命胴衣の数などを確認して、EYパーサーに報告。ここからが本当の準備の開始だ。

ギャレーに行くとケータラーが食事を積み込んでいるところで、まったく邪魔臭い。それでも香港のケータラーと掃除係は、世界一仕事が早くて正確だ。これがベトナムあたりになると箒とちりとり持って、45分くらいうろうろした末に、なんにも綺麗になっていない。 カートがほぼ載ったところで、プロの『飲み物冷やし係』がやってくる。香港はこの係がいるけれど、香港以外の場所では飲み物をドライアイスで冷やすこの仕事も私達の役目となる。 ドライアイスも国によっては、岩石みたいな塊で載って来るので、床に叩き付けたり、氷をすくうシャベルでガンガン砕いたりと、相当力が必要になる。「ああ、もう面倒臭い!」 と砕かずに大きいままのドライアイスを突っ込んだりすると、いざ飲物の缶を開ける段になって、凍ったビールが噴水みたいに噴き出して大変なことになったりもする。 新聞、おしぼり、ヘッドフォンを用意する。お客さんが乗って来るまででも、準備することがたくさんあるのに、カフェオレ飲んでる暇なんかありゃしない。 搭乗後だって100部近い、重たい新聞紙の束を抱えて、配り終える頃には手は新聞のインクで真っ黒。会社支給の7センチヒールで走りまわるのと重いのとで、腰を悪くする人も多い。慢性の腰痛になって医者の許可を取り、いつでも低めの靴を履いている人も多い。

湿気の多い香港の夏場は搭乗前の準備だけでも汗だくになるのに、『戦闘服』と呼んでいる制服は汗を吸わないポリエステル製で、ぺったりと身体に張りついてくる。 食事のサービスはまあいいけど、嫌いなのは『プリポードセレクション』という飲み物サービス。あらかじめ飲物を注いだ20個あまりの氷の入ったコップを、大きなお盆に載せて乗客の間を配り歩くのだが、これが本当に腰にくる重さなのだ。慣れない新米のうちは、何度飲物シャワーをお客さんに浴びせたか知れない。

次に嫌なのはトイレとゲロの掃除。これはしているうちに『おぇっ』となる。詰まったトイレを、医者が喉を診る時のへらのような物でつついている時なんか、情けなくて涙が出そうになる。 情けないといえば、経由地で降りたお客さんの座席前のポケットを掃除するのが悲惨。トイレ掃除の時に使っているビニール手袋をはめて、中のごみを取り出したり、機内誌を元の順番に並べ換えて、ビニールの袋に入れ直したりする。そのうちポケットの中から吐き袋に入った汚物の『置き土産』なんかが出て来て、またもや『おぇっ』となる。 まわりに乗り継ぎのお客さんがうろうろしていると、掃除もしにくいし『掃除のおばちゃん』になったみたいで、もの凄く恥ずかしい。

全日空で働いている友達は、プロの『掃除のおばさん』が全部やってくれるから経由地でキャビンクルーがすることは食事くらいらしい。こんなことスチュワーデスがしているのって、私達の会社くらいじゃないかしら。 会社は経由地では時間が無いので、私達の方が手早く経費の節減になるって言うんだけど。節約した経費は、いったいどこへ行っているんだろう。 危険、汚い、キツイ。3Kの仕事って私達のことかもしれない。