ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

⑭Iさんの『ボンベイ便』

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※今は「ムンバイ」という名前になっていますが、当時はまだ「ボンベイ」という名前でした。

DSP・シンガポール
何が面白いって、ボンベイ便ほど笑えるフライトは無い。ジュニアの頃はとにかくボンベイ便が嫌だったけど、最近はエコノミーの首振り地獄(Bさんの証言参照)は見ないで済むから、ボンベイ便もそれほど苦痛というわけでもなくなって来た。 私が始めてボンベイ便へ行った時、飛行機は今は絶滅寸前のトライスター(L10)。この飛行機の機内アナウンス用の機械は、ジャンボ機の電話式とは違って、まるで『はとバス』のマイクのように横にスイッチがある簡単なもの。スイッチを押し続ければ、それで機内に声が流れる。この機械は最後部と中間と操縦席にあり、当時入社したての私は一番後ろのギャレーで働いていた。 後方の機械を使って、インド人が広東語のアナウンスをする香港人クルーから要領を得てしまい、私達が食事のサービスに忙しくしている間に、突然この機械をいじってアナウンスを流し始めたから大変。 『みなさんこんにちは』というインド訛りの英語が機内に響き渡った。私はお客さんの次から次への飲み物に追われ、まったく気付かなかったけれど、前方から飛んで来たチーフパーサーに、このインド人が取り押さえられる頃には、カラオケよろしく歌まで歌っていた。何とも面白い人達だ。

飛行機内の全ての座席には、『乗務員の呼び出しボタン』というのが付いている。これを乗客が押すと、ギャレーの傍のライトが付いてポーンという音が鳴る。ボタンを押した乗客の座席の上にもライトが付いていて、それをたよりに用件を聞きに行くのだが、ボンベイ便ともなると全員がこのボタンを押すので、機内の天井がクリスマスツリーのようになって美しい。 誰が先に押したかなんて分からないから、ギャレーに近いところから順番に注文を聞いていく。後方の座席の人にやっと辿り着くと、もの凄い剣幕で怒っている。 「何度注文しても、持って来てくれない」 本当に申し訳ないが、私達も身体は一つしかない。彼は注文を何度もしたと言うが、私は聞いた覚えがない。 「どの乗務員に頼んだか覚えていらっしゃいますか?」 「クルーに頼んだのではない。こうやって注文した」 と乗務員呼び出しボタンに向かって 「ビール1本、お願いしま~す」 と腰をかがめてささやく実演をしてくれた。 笑いたいのを我慢して、ギャレーにビールを取りに帰る。

ギャレーではだいたい新米の日本人かタイ人が泣いている。ボンベイ便に乗務しているのは、90%がスワップでこのフライトを手に入れたインド人クルー。彼らの英語は早口で独特だし、お客さんがあれもこれも欲しがって、目の回るような忙しさ。自然と気持ちも苛立つのに、英語が分からず立ち尽くす新米クルーは、お客からもEYパーサーからも小突きまわされる。 日本人なんてあの丁寧さで対処しているうちに、どうしていいのか分らなくなってしまうのだろう。その点インド人クルーは流石に手慣れている。彼らは顔つきを見ただけで、乗客がどこの出身か分かるし、搭乗券の名字を見ただけでカーストが分かるから、 「さっきもう、あげたのにまだ欲しいの?」 とか 「ちょっと待ってと言っているのが分からないの?」』 低いカーストの乗客には、こちらがヒヤヒヤしてしまうような強い物言いをする。

クルー同士でもカーストの階級で話をするのを嫌がったり、かなりはっきりした差別があるようだ。現に私もシンガポール人だが、人種としてはインド人。父はインドの南の出身なので格好の差別対象のはずだが、ひとたびシンガポール出身とわかると、インド人クルーも普通に話し掛けてくる。 ごく僅かだがうちの会社にはインドで採用されたネパール人とチベット人がいる。採用地がインドなので胸のバッジにはインドの旗を付けているが、彼らもインド人としては扱われていない。ネパール人はともかくチベット人になると顔つきは日本人と韓国人の中間のようだし、インドの公用語ヒンディー語も満足には話せない。日本の国旗をバッジに付けた在日韓国人という人達もいるが、彼らは逆にほとんど日本語しか話せなくて、日本人として扱われているあたりが面白い違いだ。

ボンベイではシルク絨毯ももう数え切れないほど買ったし、何を買おうかな。インドルピーは国外に持ち出せないので、使い切るのも一苦労。外貨に再両替するには、両替した時の証書が必要だけど、クルーはホテルで封筒に入った現地通過のアローワンスを受け取るので、証書はない。 着いてしまえば足の角質取りに全身マッサージ、買い物とすることは尽きない。インドでは使い切れないほどのお金だけど、日本円ならば3万円くらい。それでもホテルのベルボーイの6ヶ月分くらいの給料だそうだから、インド人クルーは会社の給料を持って帰れば大金持ちよね。