ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

⑨Dさんの『打包』

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DFP・日本人

私が香港に来て最初に覚えた広東語は『コクタイタイハー』と『ワンポーファーユン』。これは会社に行く時と帰る時に、タクシーの運転手に使う。香港島はともかく、九龍側のタクシーの運転手は、ほとんど英語が分からないから。
初めてタクシーに乗って行き先を広東語で告げた時、発音が悪くて
「ホイピントーアー?」
乱暴に広東語で言われて困った。

後日、先輩に『ホイピントーアー』の意味を尋ねたら、『もう一度勇気を出して、言ってみましょう!』だと教えられた。
本当は『どこへ行きますか?』の意味らしいけど、先輩に教えてもらった意味のほうが、乱暴な物言いに圧倒される新米にはちょうど良いのかもしれない。

行き先の次に覚えた広東語は、『打包(ターパオ)』で、飛行機の中から色々なものを失敬するという意味。
本来は『荷物を詰める』とか食事などの『テイクアウト』のことなんだけど、クルーとは切っても切れないこの言葉。トイレットペーパーからレモン、雑誌、タオル、ファーストクラスの食器類まで、ありとあらゆる物を飛行機からターパオして行く。
規則では会社のロゴの付いているものは、ターパオしてはいけないことになっているが、そんなことはおかまいなし。ロゴが禁止ならばとってしまえば良い。雑誌に貼り付けてあるカバーを剥がし、お客さんが搭乗する前には、雑誌はクルーのバッグに収まってしまっていることも少なくない。
ナッツやチョコレートなどは、気分の悪い時に使う『エアーシックバッグ(ゲロ袋)』に、中身だけを詰め直せば大丈夫。国によっては乗務員が持ち込むのを税関で禁じているワインやシャンペンが、バッグに入っていることも珍しくはない。
最近は香港の税関に酒類の探知器が置かれて、ターパオが難しくなったという話も聞いた。人によっては、お客さんの食べ残したバターやクラッカーを持って帰る人もいる。いったい何に使うんだろう。

この間、日本の牛乳がたくさん余っていたので1本持って帰ろうとしたら、紺服に見とがめられた。ターパオをとがめられるのかと思って一瞬ヒヤリとしたけれど、『ターパオにも先輩、後輩があるのよ!』とお説教されたのには、びっくり。
結局、彼女は飛行機の中のいろんな物でバッグをぱんぱんにして、飛行機を降りて行った。彼女の立ち去った後の冷蔵庫には、レモンの薄切り1枚さえも残ってはいなかった。
こうしてターパオで何でも賄わないと、お金も貯まらないし家も立たないんだなぁと、頭が下がる思いだった。

そういえば飛行機の中は、生活必需品であふれている。会社に入ったばかりの頃、訓練所で『ホテルから持って来て良い物・悪い物』というリストを渡された。誰が考えても持って来て良いのは便箋封筒・シャンプー・リンスくらいのことは分かるはずなのに、絨毯やシャワーカーテン・壁掛けの絵を持って来てはいけませんとか書いてあったのは、こういう人達のためだったんだと今更気づいた。
キャビンクルーの立ち去った後は、打包によりペンペン草も生えない砂漠と化すのである。