ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

乾爸⑪ 置き土産

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突然車が故障して、電灯ひとつない山の中で立ち往生。時計を見ると夜10時だった。
運転手の兄ちゃんは
「人を呼んでくる」
と通りかかった車に乗ってどこかへ消えてしまった。懐華まではあと90km、とても歩いて帰れる距離ではない。
暗闇の中に残されると、まわりの木に塗ってある虫除けの白い塗料がぼぉっと浮き出ているのが見える。霧雨が窓を覆い、そのうち雨粒で景色が遮断されるほどになった。
しばらくすると運転手はどこからともなく人を連れて戻って来た。修理は30分ほど続き、車はやっと動きはじめる。
結局、駅に着いたのは12時50分。列車の発車時刻までに10分しかない。約束だった200元を払い、大急ぎで雨の中を切符売り場に向かって駆け出す。
が、しかし……。
午前1時の長沙行きなどという列車、そんなものはそもそも無かったのである。窓口の人は6時半か7時半にしか長沙行きの列車は無いという。
がーーーん。
車を降りたばかりで歯の根が合わないほどに寒い。
ガチガチ、ガチガチ。ブルブル、ブルブル。
震える身体で駅の時刻表を確かめるが、やっぱり午前1時などという列車は存在しない。
どうしてこう、みんな適当なことを教えてくれるのであろうか。しかし、それを信じた自分もアホなのである。
切符売り場はホールのようなところなので、雨をよけることはできる。壁づたいの濡れた床に、人々がごろごろと寝ているのだが……寒がりの私はとてもじゃないけど真似はできない。
まる二日もお風呂に入っていないことだし、どこかの宿に入ってひと風呂浴びよう。

駅のとなりにあった鉄路賓館へ行ってみたが、結構高い。ひと部屋160元もするのである。
「明日の朝イチにチェックアウトするから、負けておくれ」
受付でねばると、なんといきなりストンと100元になった。オフシーズンとはいえ、値切り勝ちである。

部屋に入って暖房のスイッチを入れると、うぃーーんという音がして暖かい風が出て来る。
ああぁー。
心底幸せな気分になった。
24四時間お湯が出るといううたい文句だったので、喜び勇んでお風呂に入る。浴槽にお湯を張って飛び込むと、じわーーっと身体が解凍されていく感じである。つま先なんかは感覚が無かったのだが、だんだんとモトに戻って行く。風呂桶が短くて浅いので、肩をつけると足が出る。足を入れると肩が出る。
うーむ難しいと格闘していたものの、ふと
「乾爸はこうしてお風呂に入ることも、もう無いのかなぁ」
などと考える。
それが乾爸の選んだ人生なのだし、乾爸が良いのだからそれでいいのである。その一言に尽きる。
うだうだと考えを巡らせているうちに、割り切れない気持ちというのは実は自分の中に抱えているものにあるような気がしてきた。
国民党に引っ張られて無理矢理というわけでは勿論ないけれど、勝手に好きで台湾にやってきた私は兄弟もいなければ子供もいない。いずれ台湾で1人っきりになる可能性もあるやもしれない。
ひとはみな、最後は1人で死んでいく。これから50年後の自分を誰が、今、想像できようか。
しかし、どうしても話がここへ行きついてしまうのが今回の旅なのであり、乾爸が私の心に置いていった土産なのである。
乾爸の末の弟が結婚していなかったら?
子供が居なかったら?
あのお嫁さんをはじめ、甥も甥の子供も勿論存在していなかったはずである。
子供に老後の面倒を見てもらいたいたいなどとは、これっぽっちも思っていない。
しかし、子供が1人いるとそこから嫁だの婿だのが発生し、そのうち孫が出来て……家族というのは広がっていくものなのである。
そんな当たり前の仕組み、そして血っていったい何なんだろう?
私はいつまでも考えていた。