ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

史上最強の丸投げ

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インドネシアの火山が噴火していて、バリの空港が閉鎖されている」
市内で昼食を済ませたら、シンガポールからインドネシアのバリ島へいくべくチャンギ国際空港へお客さんと一緒に向かうという予定で動いていた私に、こんな情報が入ってきた。
「な、なんだって?」
急いで日本の旅行会社に指示を仰ごうと連絡を入れ、現地手配会社にバリの空港閉鎖がすぐにとかれないのであれば今晩のホテルと、その晩の食事、日本の旅行会社が必要と判断するのであれば観光とガイドの手配を頼み私はお客さんたちの食事の注文などを手伝っていた。

そこへ折り返しかかってきた日本からの電話での指示はこうだった。
「今晩、バリに飛ぶのは無理そうなのでシンガポールに宿をとります。夕方からクルーズと食事を急遽手配しましたので、いちどチェックインして現地手配会社と連絡の上時間など決めて観光に行ってください」
明快である。明日の飛行機などその後のことをどうするのかと訊くと
「別途指示します。ホテルに不都合がないかなどケアをお願いします」
ということだったので、食後は空港へは向かわずホテル入り。

誤解している人がいるかもしれないので言っておくが、ツアーコンダクターがするのはあくまでも旅程管理。旅行会社が顧客に約束して手配したものがちゃんと履行されているかを確認し、そうでなければそうなるように交渉する係であって、決して手配そのものをする係ではない。また、その資格も権限も一切持たされてはいない。
ただ、日本のオフィスにいる手配担当者には現場の状況がわからないので、具体的に何が必要だとか何をした方がいいといった連絡や報告が必要になる。

指示通りにホテル入りし、クルーズ観光への出発の時間を現地手配会社と打ち合わせし、お客さんの部屋ひとつずつ訪ねて不備や不便がないか確認すると同時に夕方の集合時間の告知をしてまわっていた時のこと。日本の手配担当者から電話があった。
シンガポール、何度も行ってますよね?」
「ええ、まぁ……」
香港の航空会社勤務時代、シンガポールが好きで好きでスキさえあらばシンガポールに24時間ステイできる便を手に入れて通っていたので、多分とんでもない回数シンガポールに足を運んではいたと思うが、なにせひと昔前のこと。どうしたって語尾は濁っちゃうのである。
「ああ、よかった」
なにがいいんだか知らないが、手配担当者はホッとした声になってこう続けた。
「明日、飛ぶとしたら午後なんですが、予算がないので明日ガイドの手配ができないのです」
「ということは、私がご案内するということですか?」
「ええ、お願いします」
「(はぁ? と思ったがとりあえずいわず)……で、どこへ?」
「どこでもいいです」
どこでもいいんかい! ぐるぐるぐるぐる(←どこならタダで半日楽しめるか考えを巡らせている音)
「はぁ……で、昼食は?」
「予算がないのでお客様各自で」
ぐるぐるぐるぐる (←どこへ連れていけば、待たずに全員すぐに入れてある程度満足してもらえるか考えを巡らせている音)
「では、明日は私がみなさんをどこかに観光と昼食にお連れして、そのバスで空港へ向かうということでいいんですか?」
「いえ、予算がないのでバスの手配もできないんです」
「はぁ?」

「十数人なのでタクシーかなにかで適当に。もちろん立て替えてもらった分は帰国後精算してお返ししますから、領収書だけもらってきてください。あと、観光のご案内と同時にシンガポール航空の事務所に行って、振り替え便の交渉をお願いしたいんです」
なんじゃそらと思いながらきいていたけれど、ここでさすがに声をあげた。
「ちょっと待ってください! お客様のご案内をしながらシンガポール航空の事務所で交渉するのは物理的に無理なので、ガイドさんを手配してくれるかシンガポール航空への交渉を日本か現地手配会社かのどちらかでしてください」
オーチャード通りにあるシンガポール航空のオフィスに行きながら、観光案内は分身の術でも使わなければ不可能だが、あいにく私は忍者ではない。

その後、クルーズ観光の途中で
「日本からも連絡しているんですが、担当者が出ないんです。こちらは週末で私もそろそろ帰宅しますのであとはよろしく」
日本の手配担当者から逃げるような連絡があった。要は丸投げである。
丸投げされてもできないものはできないので、現地手配会社の担当者にねじ込んだところ
「週末で、私はこれからマレーシアの実家に帰ります。シンガポールの携帯は国際電話になるから出られません」
などというのである。
なーんじゃそら! のオンパレードであるが、ここで引き下がることもできない。
「じゃぁ、つながる電話番号教えて」
と食い下がり、「中国語オンリー」ということで教えてもらった電話番号に
「中国語上等じゃないか、喋るよ台灣国語」
腹をくくってガンガンかけるも出ない。もう一度、マレーシアに帰るといっていた現地手配会社の担当者にかけたけれど、すでに電話はオフになっていた。
完全にひとり取り残されである。

どうしようもないので、お客さんには航空券の交渉と観光にお連れすることが私1人では両立できないことを説明。ホテルへの帰り道、ホテルの近くのショッピングモールにあるフードコートにて「明日の昼食場所視察ツアー」をやった。
もし、私がお昼までに航空会社の事務所から戻ってこなかったらここで、こんな風に注文してください。
おすすめのメニューはこんなのとか、こんなのとか……といった具合に順番に名物も説明してまわった。

ホテルに戻ってからは友達のつてで会社を紹介してもらい、ミニバンを手配。これこれこういう理由ではっきりしたお迎えの時間が指定できないのだと説明したら
「出発の30分前に電話くれたら向かわせる」
と約束してくれ、実際にその通りに来てくれた。

友達がいて、英語が通じて、約束が守れて、何が美味しいか私がある程度把握できている国・シンガポールで本当によかった。私のツアーコンダクター史上、最強の丸投げがインドだったり、アラビア語の国で起こっていたら……まず乗り切れなかったと思う。
ありがとう、シンガポール


つい最近(2017年11月27日)、バリにあるアグン山が噴火した。
丸投げ当時、噴火したのはアグン山ではなく周辺の火山だったので、日程をやりくりしてそれでもなんとかツアーが遂行できたのである。
運がよかったとしか思えない……。