ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

台湾ぶらぶら歩き

内歴駅前の中華路を中歴の方に向かって歩いていく。ぼんやり歩いていると見過ごしてしまいそうな、緑の小さな看板には「自立新村」の白い文字。角を左へ入って10メートルあまりいくとそこは踏切だ。長い線路は左が首都台北を経由して雨の街基隆へ、右は台灣第二の都市高雄へと続く。自強号という特急に乗ってしまえば基隆までは1時間半、高雄までは3時間である。
プワーンと汽笛が遠くで響き、汽車が近付いているらしい。遮断機が閉まる前に急ぎ足で向こう側へ渡ってしまう。背中の後ろを過ぎていったのは、
漆黒の貨車をひいて力強く走り去る車輌であった。汽車が通り過ぎてしまうと、またもとの静けさと街の人の暮らしが舞い戻って来た。農作物を道端のダンボール箱の上に並べる人、路上で口角泡を飛ばしながら政治談義をする人、丸駒の中国式将棋をさす人達。

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将棋さし

中国人独の宗教・道教の小さな寺の脇で、雑談に興じるご老人達。寺のすぐ横には簡易焼却炉の煙突がにょっきりと突き出ている。寺の境内にあるのだから、まさかゴミを燃やすのではあるまい。不思議そうに眺めていると老人の一人が話しかけて来た。 

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外省のおじいちゃんたちより集まって雑談中



聞けば神様に供えるニセモノのお札、黄色い紙の束をお参りに来た人が焼くのだそう。人々の信仰の気持ちを乗せた黒い煙は煙突から、空へと流れていく。

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こんなところにもあの男性。足元には果物売りのトラック。

店は道の両側に出されており、右側には荘介石の銅像が初春の曇った灰色の空にそびえている。荘介石の足元には色とりどりの野菜と果物が、ところせましと並べられている。店はダンボールだとはかぎらず、幌のかぶったトラックの荷台をそのまま陳列台にしている売り子達もいる。荷台には巴樂(バーラー)と中国語でかかれた、緑色のグアバがあふれんばかりに積んである。すぐ横の小学校の校舎からピアノに合わせて歌う、子供たちの声が肌寒い空気を和ませている。

校舎のすぐ脇には建物と背丈を競うように椰子の木が生えていて、たなびく風に大きな葉がゆらゆらとこたえていた。

小さなおばさんがベトナム人のかぶるような三角編み笠を頭に載せ、車輪のついた屋台を小柄な身体でえっちらおっちら支えながら出てくる。踏切の前が商いの場所なのだろう、屋台を固定しはじめる。何を売っているのか知りたくて私は踏切まで戻ってみる。

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こんな細い路地が連なっている。 ここは外省人のために政府が作った家と村。

小さな棚のようなケースの一段一段に並べられているのは、まだ湯気を立てている木綿豆腐である。棚の前面の台の上には、ビニール袋に詰められた油揚げと厚揚げがいくつも並んでいる。
「おばさん、これ全部自分で作るの?」
話しかけるとおばちゃんはこっくりとうなずいた。笑うとしわくちゃ顔はもっとくちゃくちゃになるが、なぜか憎めない味のある顔である。カメラを示して
「写真撮ってもいいですか?」
許可を求めたが
「こんな小さな店だから、恥ずかしいよ。撮らないでおくれよ」
と断られてしまった。撮るなと言われるとシャッターを押せない気弱な私はカメラにキャップをはめるしかない。ふいにおばちゃんは厚揚げを一枚つまんで、私に差し出す。貰って食べてみると中はまだアツアツ。厚揚げが立てる湯気の向こうにおばちゃんの笑顔は揺れていた。
「おいしい!」
おばちゃんは本当に嬉しそうで、そうだろそうだろというようにうなずいていた。お金を渡そうとポケットから小銭を出したが受け取ろうとはせず、私が「ありがとう」というとおばちゃんもなぜか「ありがとう」と言い、立ち去る私にまだ笑みを向けていた。 

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ビール瓶のケースの上に売り物の果物をいかに美味しそうに並べるか..これは店主の腕にかかっている。

果物屋の店先で、開店準備に追われる父親の後ろを小さな男の子がついてまわっている。本人はどうやら手伝っている気らしいのだが、端から見れば邪魔をしているようにしか見えない。カメラを向けると不思議そうな顔でレンズを見つめるが、いざそれがカメラだとわかるって物陰に隠れてしまった。
それでも恐る恐る手を出したり頭を出したりしているのだが、いざ私が撮ろうとすると戸袋の陰に引っ込んでしまって出てこない。隠れている子供をいぶかしげに見た父親が、こちらを振り向いた。目が合ったので私はにっこり、父親は状況がのみこめたのだろう
「わっはっはー」
そんなところに隠れて意気地のないやつだといわんばかりに子供を笑っては、せり出したおなかを揺する。しゃがみこんで
「何歳?」
と尋ねたが、子供は片手で顔を覆ったまま答えようとはしない
「3歳と11ヶ月。もうすぐ誕生日なんだろ」
かわりに父親が話しかける。
「名前は?」
父親が
「ほら、名前をきかれてるよ、自分で答えてごらん」
と言っても手の平をこちらに向けて顔を隠したままだ。
「写真撮ってあげるよ」
横で父親がポーズをせきたててもあいかわらずの姿勢のまま、くにゃりくにゃりとするだけだ。
撮るのを諦めてバッグにしまうと安心したのか、両手を脇に下ろし「きおつけ」の姿勢をとりニッと笑って
「3歳!」
と元気な声はじけさせる。

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ご近所のみなさん、こんにちは。お願いですからここにゴミを捨てないで下さい。もしここに捨てると私がそれを処理しなければなりません。ですからここできっぱり申しておきます。 「ここにゴミをすてるんじゃない!」 ……と書いてある。

家の前に溝など見当たらないのに、溝の前に車を停めるなと家の壁に直になぐり書いているもの、あまりにも色々『してはいけないこと』が羅列されているため、どう読んだらよいのか分からない芸術的な壁文字、『付近の皆様こんにちは』で始まる、とても礼儀正しいポイ捨て禁止の看板などが、両脇を縁取る。

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中国語の文脈につながりはなし。しかも横書きだったり、縦書きだったり……壁いっぱいに 「ゴミをここにすてないで」と書いてあるのだけれど、やっぱり落ちてる……

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地面は全部アスファルトなのに、なぜかここから木がにょきにょき。 幹のところにはお経の札が貼ってある。

道の中央に『南無阿弥陀佛』という札の掛った大きな木が、にょっきりとアスファルトの間から突き出ている。人も車もこの木をはさんで、きちんと右側通行。こんな小さな路地で中央分離帯の役目を担っているかのようだ。

 

向こうから野球帽をまぶかにかぶりカーキ色のジャンパーを来た、一目で退役軍人とわかる老人が50ccバイクで軍の厚生施設へと入って行く。すれちがいざま、ふいに吹いた春風が老人の野球帽をさらった。気付かずに走り去ろうとするので、
「帽子、帽子!」
と声をかける。バイクを路肩に停め少し薄くなりつつある髪の毛に手を触れて、あれ?という顔をするのがまるで無声映画の一コマのようだった。拾ってあげた帽子をかぶりなおし、サンキュとでもいうように軽く左手を挙げ照れたような顔つきで老人は走り去った。

 

日本の九州ほどの大きさの台灣、北の端から南の端まで電車で通り過ぎればたった4時間ちょっとの島。台北にある荘介石記念公園の衛兵の交代や、故宮博物館だけが台湾じゃない。
聞いたこともない小さな町を普段の急ぎ足を緩めて歩いてみるといい。観光地では決して見せることのない、等身大の台灣が浮かんでくるはずだから。
おばちゃんの笑顔、男の子の気をつけの姿勢、帽子を飛ばした老人の照れ笑い。誰にも見せることは出来ないが、自分だけのファインダーに色褪せることなく残る写真のために、私は今日もゆっくりゆっくり歩いている。