ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

フルネーム連呼

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「もしもし、鈴木さんのお宅ですか?渋谷と申しますが奥様はいらっしやいますか?」
これは日本人の友人に電話をして、ご主人が受話器を取った場合の台詞だ。
ところがこれが台湾人が相手となると、『もしもし』以外は全部使えない。

まず『鈴木さんのお宅ですか?』が駄目。台湾ではおじいさん、おばあさん、お父さん、お母さんと子供の3世帯で住むことが理想とされている。しかも、お父さんの兄弟の一家が同居している場合もある。
奥さんは日本でいう旧姓を使っていることもあって、様々な姓の人が1台の電話を共有していることになる。
『~公館』というとても丁寧な言い方があるにはあるが、私のところにそう言って掛かって来たことは1度だけで、あまりポピュラーとは言えない。
次に『奥様』これも使えない。『鈴木さんの奥さん』というのは、おばあさんを初め兄弟のお嫁さんの数だけいることになる。
最後に『自分から名乗る』これもアウト。会社の営業ならいざ知れず、友達同士ではこれも意外に少ない。ほとんど身分をあかさずに、話したい相手の名だけを告げる。『誰々さん居ますか?』で事足りるのだ。
私などは下手な中国語のお陰で名前を言わずとも、取り次ぎに出た人が私と分かってくれたり、『どうも、日本人らししい』という声が受話器越しに聞こえて来たりする。
時たま台湾式に慣れきって名乗らないと『那裡找?』と聞かれることがあるかもしれない。直訳すると「どこ 探す」であるがこの問いに、例え自分が電話を掛けているのが台北の駅でも『台北火車站』などと答えては決してならない。
これは台湾独特の中国話で、『どちら様ですか?』という言い回し。私も何度も『自分の家』だの『桃園』だのと場所を答えて失笑されてしまった。
この『どちら様ですか?』よりももっと頻繁に登場するのが『找那一位?』。これは、からくり無しで『誰に用ですか?』となる。日本では電話魔といわれていたほどの私が、台湾に来て極度の電話嫌いになってしまったのはこの後に続く『正しいフルネームの発音』のせいにほかならない。
新しく友達になった女の子が自己紹介の時
「私はジェニーです」
と名乗って名刺をくれたので
「ジェニーさん居ますか?」
と言って電話をしたら、
「そんな毛唐みたいな名前の子はうちには居ません」
とばかりに、ガチャンと切られてしまった。

漢字名前は覚えにくいので、英語の先生に付けてもらったり、自分で作ったりした英語名前を、台湾の人は私達外国人には教えてくれる。
それでも、この英語名前を知っている家族はまず居ないと思った方がいい。仕方なく、彼女の名前の漢字1つ1つを辞書に捜す。『林』とか『李』とかの簡単な読みならまだ良いのだが、『趙』だの『呂』だのと難しい名字だと、そこからつまずく。
ひらがな書きした名前に4声をつけたものを片手に、勇気を出して電話をしてみる。受話器相手に曜起になって相手の名前を連呼するが、相手からは
「???」
マークが返って来るのみである。やっと通じる頃には冷や汗タラタラ。しかも当の本人は不在だったりして
『こんなことなら初めから手紙にすればよかった』
と自責の念にかられてしまう。
だれもかれもが携帯電話を持つようになって、こんなことも減っては来た。

台湾人の友人3人と街を歩いていた時のこと。私と友達が素敵な洋服を見つけた。ウィンドーにすり寄って行って高いだの、欲しいだのと見ていると、他の2人は赤に変わりかけた信号に向かってどんどん歩いて行ってしまった。
その時、そぱにいた友人が「ちょっと待って!」のその後に、なんとフルネームを2人分叫んだのだ。

街中で友人を呼ぶ時、『渋谷花子!』とは日本では呼ばないし呼ばれない。
姓名のどちらか、または呼び名ではないだろうか。
フルネームでしかも敬称抜きで呼ばれたことなんて、学校で出欠をとる時以来かもしれない。
ところが『うわっ、何もフルネームで呼ばなくても』と思ったのは私だけのようで、呼んだ方も呼ばれたほうも別に気にとめているようでもない。
そう言えば台湾では電話を掛けて来る相手も、『私、呉彩雲」とフルネームだ。子供に声を掛ける時も『~ちゃん』とは呼ばずフルネームである。
なるほど、小さい頃から呼ばれ慣れていれば、人ごみの中でフルネームを叫ばれるくらいどうということはないのかもしれない。
台湾のフルネームは家庭環境や家庭事情に根ざす、効率的な人物認識法なのだった。