ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

ダイヤモンドはお好き?

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地面に散らばる書類と服、引き出しという引き出しは抜き取られ、逆さまにひっくり返っている。
あまりの悲惨な有様に、ドアの鍵を開けて家の中に入った私は一瞬、言葉を失った。家を間違えて入ってしまったか、知らないうちに大地震でもあったのかと思うほどだった。
裏口から入った台湾の小盗(シャオトウ・空き巣)は、現金、電化製品、カメラ、金目の物一切を持ち去ったので、散らかってはいるもの実は家はカラッポなのだ。

アクセサリー類を仕舞っていた引き出しの中身も、あらかた消えていた。ところが不思議なことにこの空き巣、プラチナやダイヤモンド製品、そして18Kのアクセサリーは持っていかなかった。
お気に召さなかったのだろうか?
台湾では金(きん)と言えば黄色味がかった24Kが普通。若い世代はともかく、お年寄りは今でもこの24Kを貯蓄として買っていることが多い。
銀行ではなくその名も『金行』という金を扱うお店に持って行けば、デザインにかかわらず重さですぐに現金に換えてくれる。つまり台灣の泥棒における18Kやプラチナは、現金化出来ないゴミくず同然なのだ。
急いで仕事? をしていても、きちんと選り分けるその眼の確かさには頭が下がる思いである。

むなしく片付けを始めると、隣の家の人が訪ねて来て
「引越し先はどこ?」
などと私に聞く。どうやらテレビやコンピューター、家具の一部を運び出すために、引越し業者を装っての犯行だったよう。
近隣の人達さえも納得させ、その目の前で次々に物を運び出したという見事なまでの手口には、開いた口もふさがらない。

台湾の旧正月前は日本の師走にあたり、紅利(ホンリー)といわれるボーナスが出る。ハンドバッグを持って歩けばそれ目当てのスリに合い、現金を比較的家に貯えるこの時期は空き巣のピークシーズン? だというニュースが、新聞やテレビを賑わせはじめたばかりだった。

現場検証に来た警察の話だと、この手口は泥棒を生業(なりわい)としている集団のしわざで、盗まれた物は瞬時に闇のルートを通って売りさばかれるとのこと。
それを裏付けるかのように、翌日立ち寄った中古パソコンショップの片隅で、リサイクルショップの店先に、私の物らしいテレビとパソコンを見つけた。
テレビについては定かではないが、安い値段で買い戻したコンピューターの中には、まさしく自分が書いた日本語の原稿や資料が入っていた。
自分で開いたガレージセールの品々を、自分自身で買っているような複雑な気持ち。
そして何より人情味溢れる台湾に相当入れ込んでいただけに、親しかった友人にいともあっさりと裏切られたような、虚しい気分は拭えなかった。

今回の空き巣は物を盗む以外にも、いくつかのことを我が家でして行った。洗面所でヒゲを剃ったのはまだいい、冷蔵庫の中の食べ物で腹ごしらえしたのもまだ許そう。
だが、食べた後の食器を丁寧に洗って、ふきんまでかぶせて去っていったのには笑った。

他人の家で好き放題の空き巣だが、現金・貴重品に限っては『決して手ブラでは出て行かない』という、プロ(?)の空き巣としてのポリシーがあるらしい。
今回、私の家からはいくらかの収穫があったようだが、現金・貴重品を銀行に預けて一切置いていない家もあるだろう。
また、狙われる家はどこまでも狙われるらしく、空き巣に入られたすぐ後に、今度は別の空き巣が入ったという話も珍しくはない。
ほとんどめぼしいモノがなかった時、空き巣はどうするかといえば……。
誠に勝手ではた迷惑な思い込みではあるが、手ブラで帰っては泥棒稼業の風上にもおけないと思っている彼らは、ダイニング・テーブルの下に汚物という落とし物をてんこ盛りにして帰るのが決まりになっているらしい。
今や何も盗む物のない我が家には、友人のすすめで200台湾ドル(約800円)がテーブルの上に置いてある。日本円にすると1000円足らずだけれど、持って行くものさえあれば落とし物だけは避けられる。

床に散らばっていた下着類、気持ちが悪いのでとにかく一度洗濯しようと思っていたら、面白い話を警官がしてくれた。
台湾には『女性の下着に手を触れると、悪運がつく』という迷信があるとのこと。縁起かつぎの泥棒稼業、絶対に女性の下着にだけは触わったりしないらしい。
下着に弱いのは、なにもこの世の泥棒だけとは限らない。あの世の男性幽霊なども女性の下着を同じ理由でやたら嫌がるとかで、幽霊に出くわしたら頭から下着をかぶれば退散してくれるらしい。
日本では変態として扱われかねないパンツかぶりだが、みつかったとて口実もあるのだから、台湾では迷わず堂々とかぶれるのである。
ただし、女性の幽霊が退散してくれるのかは定かではない……。