ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

乾爸⑬ あわや火だるま

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バスに乗り込んで7元払う。乗客はみなスパスパ煙草を吸っている。
もーー、なんでこうなのだぁ。空港なんかは全部禁煙なのに、バスの中や電車の中ではみんな煙草吸い放題。中国というのは世界でも珍しい、スモーカー天国の国かもしれない。
ケムいのだけど、寒くて窓は開けられない。うーーーっ、ともだえながら耐えること20分。いきなりどっかーーんという音がして、バスの中で何かががひっくり返った。ガクッとバスは止まった。

乗客の荷物か何かが倒れたのかな?
そう思ってあまり気にしていなかったのだが、ツーンと嗅ぎ慣れたニオイが漂って来た。
『なんだっけな、このニオイ』
一瞬思ったものの、はっとする。これって、明らかにガソリンのニオイなのだ。
ぎゃー、ガソリンを車内に積んでたのか!
ガソリンがこぼれるのはまだいいとしても、気になるのはみんながスパスパ吸ってる煙草である。これ、どう考えてもヤバイ。
どうしよう、降りれば寒いけど……乗っていたら火ダルマかも?
一瞬、頭の中にオレンジ色に燃えるバスの映像が浮かび上がる。テレポテーションするドライヤーだけでなく、どこまでも想像力と妄想はたくましい。
やーーっ、やっぱりいやーー。
多分このバスが最終というわけじゃないだろう。とにかく降りて乗り換えよう。
モップでこぼれたガソリンを拭いている車掌さんの横をすり抜けて、私はバスを降りた。
すでに払った7元はリファンドしてくれるはずもないが、命にお金はかえられない。そう考えての決断であった。

しかし……。
次のバスは来なかった。
あたりはどんどん暗くなるし、バスの行き先を書いた小さなサインもまったく見えない。
傘がないのでびしょ濡れになりながらも、マイクロバスが通ると1台1台停めて
「韶山へ行きますか?」
と聞いてみる。
しかし、どのバスの車掌も韶山へは行かないと答えるばかりである。
もしかして私の降りたあのバスが、韶山行きの最終だったのだろうか?

バスを止めている場所のすぐ横に雑貨屋があり、店の人が同情してくれたのか傘を貸してくれる。
「来ないよぉ、来ないよぉ。どうしよう……」
半泣きになっている私に、となりのバイク修理屋の兄ちゃんが
「近くに旅社があるから、今日はそこに泊まったら?」
などと教えてくれる。
しかし、”旅社”には一度首都・北京でイタイ目に遭っている。その名も「大旅社」と大までついていながら、もー死ぬほど小汚かったのだ。ましてや湖南の旅社ではお湯が出るわけもなく、暖房などはもっての他であろう。なんとしても旅社は避けたいのである。
まわりの人達がみな親切なのは嬉しいのだが、彼らは湖南訛りがキツくて何を言ってるのかよく分からない。
身体の芯まで凍りつき、このままだと本気で風邪ひいてしまいそうだ。そこで作戦変更である。
湘潭から韶山はバスで1時間半くらい。湘潭から二〇分のところで立ち往生しているのだから、韶山へ行くよりも湘潭へ戻る方が近いに決まっている。
よぉーし、湘潭行きのバスを探そう!
道の反対側に渡ってバスを止めまくること数10分。来ない来ない。
この際、タクシーでも仕方ないとは思うのだけど、そのタクシーさえも通らない。通るのはトラックだけ。トラックを停めてヒッチハイクをしたい誘惑にも駆られるのだが、とにかくあたりが真っ暗闇。イキナリ車道へ飛び出してトラックを停めると、轢かれてしまいそうでコワくもある。

大型バスが通ったので停めてみると、湘潭へ戻るらしい。
やった!
比較的大きな通りだから、渡ったり戻ったりも容易ではないのだが、とにかく大急ぎで雑貨屋に傘を返してバスに乗り込む。
震えながらバスに乗っていると30分くらいで湘潭の街に戻れた。暖房の無いホテルだったりしたら寒死にしそうなので
「このあたりに賓館ってあります?」
女性の車掌さんに聞いてみる。
「あるある」
車掌さんはそう言って、見るからに立派な湘潭賓館の前で降ろしてくれた。
しかし、当たり前だがその賓館の宿泊費は高かった。懐かしい外賓と内賓料金が設定されていて、内賓でも264四元。それに10%の税金がつく。
うーーーむ。
もうここでいいやと投げ出したくもなるのだが、こんな地方都市で4千円のホテルは身分不相応というものである。ロビーの暖房でしばらく身体を温めた後、もういちどバイクタクシーに乗ってまわりの賓館を当たった。

賓館は思ったよりも沢山あり、オフシーズンということもあって結構値切れる。もともと220元くらいするところなのだけど、値切ってみると100元近く安くなって130元。24四時間熱いお湯が出て暖房もあると聞いたので、さっそくこの湘亜賓館に決めた。
駆け込むようにお風呂に入り、凍えた身体を解凍する。濡れた服もハンガーにかけてあちこちにぶらさげ、暖房の風に当たった。
ふーーーーっ。
すっごく寒かった。冗談じゃなく凍えたのである。
こう繰り返し寒い寒いと書いていているので、これを読まされる読者はきっと
「なんだか数行ごとに寒いって書いてあるなぁ」
と思っていることだろうが、私は本当に寒さに弱いのである。暑いのは50度近くてもあまり動じないが、気温7℃くらいで氷雨に濡れたりしたら間違い無くピーピー泣き言を言って「死ぬ、死ぬ」言うそういう仕様なのである。
しかし、繰り返し書く「寒い」の中でもこの「寒い」が一番寒かったことだけは、しつこく強調しておきたい。
食事を済ませていたから西駅発の最終バスに乗り遅れたのだが、あの寒さの中で食事をしていなかったらと思うと……それはそれでまた背中が凍る。しかし、西駅発の最終バスに乗っていれば、ガソリンが車内にぶちまけられることもなかったのかもしれない。
ああもう、どっちがどっちでどうなれば良かったのかは分からないが、とにかく寒がりに冬の中国の旅はキツイということだけは確かなのである。