ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

乾爸⑧ 超高級住宅?

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家の中には倉庫のようなところもあり、もみつきの米が山盛りに積み上げてあったが、私の興味を引いたのはシャンプーやトイレットペーパーやお酒や煙草など……いろんな雑貨が埃にまみれて置かれていた部屋である。
「あれ?ここは?」
私が聞くと
「甥が商売をするというので新たに増築してやったのに、途中で投げ出したんだ」
ちょっと怒ったような口調で乾爸が説明してくれる。
突き当たりのところに日本でいう雨戸のようなものがあり、それをはずすと表の道路。本来ならそこが売り手と買い手がモノの受け渡しをする場所になるのだろう。どこからどう見ても「村」であるこのあたりで、確かに品物が飛ぶように売れるとは思わないけれど……店を開けなければ商売というのは成り立たないのではないのだろうか。なんとももったいないような気分ではある。

中庭には別棟があって、そこが台所、物置、トイレ。
台所にはプロパンガスのボンベに繋がったガス台も置いてあるのだが、使っている様子はない。料理をしているのは炭と薪を使ったかまど。
「こっちの方が便利じゃない」
私がガス台を指差すと
「ガスが切れてるのよ」
とお嫁さんは笑って言う。ガスが切れているのなら買いに行けばいいのに……。
そうは思ったものの、大きなお世話なのである。
煮炊きをするかまどは二つあって、タイル敷きの台には大きな中華鍋がはめこまれている。下の部分には窓があって、そこから炭や木を放り込むようになっている。鍋は取り外しできないので、どうやって洗うのだろうと不思議に思う。
水を入れて竹の器具でかきまわし、その水をおたまでかき出すのである。下で燃えている薪の火はすぐに消えないので、水をある程度かきだしておけば、あとは自然に余熱で乾くのだ。
掻き回す竹の道具だが、イメージとしてはたこ焼きなどを作る時に油を引く道具、あれに似ている。茶道に茶せんというものがあるが、あんな感じでもある。
台所には乾爸が台湾から運んで来たという炊飯ジャーも置かれていたのだが、これも
「ここは電気が来てないんだよね」
ということで使われてはいない。
文明の利器がいくらあっても、これでは使いようがないのである。
台所にはやたらに人が居て、近所の奥さんやらお嫁さんのお母さんが忙しく立ち働いている。うろうろしている私は邪魔なのではないだろうか……。そんな風に思って振りかえると、そこには面白い形のバスケットがあった。イメージとしては竹で作った花瓶という感じで、下が細くて上が広くなっている。高さは八十センチくらいで、布の背負い紐がついている。
むむむ?これは何だ?
たんぼから採った野菜でも入れるのだろうか?
私が首を傾げていると、お嫁さんのお母さんという人があやしていた赤ん坊をその籠の中にスポッと入れた。なぁるほど、おぶい紐ならぬおぶい籠なんである。下が細くなっているので赤ん坊は自然と足を揃えて立たされ、暴れることができない。上は広くなっているので肩から上が自由になるという仕組みだ。なかなか考えた作りである。

トイレを見に行ってみると、案の定「ぼっとんトイレ」だ。ぼっとんトイレ自体、私はそれほど抵抗がないのだけれど、トイレに豚を飼っておくというセンスはどうにも馴染めない。用を足そうとしゃがんでみると、すぐ横で豚が鉄柵ごしに顔を出し
「キューキュー」
と鳴くのである。
ううむ、雲南の時と似たりよったりだ・・・・。

家の見学が終わると、この家のお嫁さん(24歳)が洗面器にお湯をはって出してくれる。
「さ、顔を洗って」
昨晩は列車の中だったのでお風呂に入ってなかったのだから、顔より何よりお風呂に入らせてもらえないかなぁとも思ったのだが、よく考えてみるとこの家には風呂場というのがないのである。
こうやって洗面器を床に置くところを見ると、水道もないのだ。台所にも蛇口はなく、どうやら井戸から水を汲んで来るらしい。
こんなに寒いのに、どうやってお風呂に入るのだろう?
不思議な気分にもなるが、どうやら洗面器にタオルを入れてちゃちゃっと身体を拭くくらいなのらしい。
うーーむ、どうりで乾爸にタオルを貸したら水浸しにしてくれるわけだ。
ここで一泊しないことにしたのは、やはり正解だったかもしれない。寒がりの私は家の設備を見てそう思った。
何か手伝おうとしても
「いいからいいから」
と追い払われるし、乾爸の弟さんは乾爸にも増して訛りがきつく……話をしていても、何を言っているのだかまったく想像もつかない。
居場所の無い私は、ふらりと玄関を出て家のまわりを歩くことにした。
畑を左に見てぬかるみの道をたらりたらりと歩いたのだが、右側に建っている家はどれもボロボロ。
「これじゃぁ、風が吹いたら崩れるでしょう」
とでも言いたくなるような家ばかりが続いている。家というよりも材木の切れ端を家の形に並べて、藁を上に置きましたという感じの傾いた家々。
げーーっ、ここにホントに人が住んでるのか?納屋じゃないの?
と疑いたくなるほど、煤けて真っ黒な家もあった。
乾爸の家のまわりをしばらくうろうろして分かったことというのがある。
つまり、先ほどからトイレに豚が居るだの、風呂場が無いだのとケチをつけていたがんばーの家は、実はこのあたりでは相当なお金持ちの部類に入るという事実である。

気温二十度前後の台湾から来たせいもあるのだろう。とにかく何をしていても寒い。
なのに
「お昼食べましょう」
とうながされて行ってみると、テーブルは中庭にあって吹きさらしなのである。
げっ、この寒いのに外で食べるの??
とは思ったけれど、歓待してもらっている私がぶつぶつ言うわけにもいかない。そのまま鼻水を拭き拭き食事をしたが、ぶるぶる身体が震えるのは止まらなかった。
食事を済ませ、使った食器を流しへ持って行こうとするが……そう、「流し」というものがここには存在しないのである。
どうしていいのか分からず、台所をうろうろしたが
「ああ、置いといて」
とお嫁さんに声をかけられたので任せることにする。
この後、いろりを囲んでみんなで話をしたのだが、このあたりからとんでもないことが次々と判明する。