ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

乾爸⑦ やっと到着

 

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松桃まで行って
「孟渓ってどう行くの?」
と聞いてみると
「あー、とっくに過ぎちゃったよぉ」
と言うではないか。
な、なにっ?松桃より手前だったのか?
どうやら、松桃へ着く手前にある「太平」というガソリンスタンドを左折するはずだったのに知らずにまっすぐ来てしまったようだ。
仕方がないので太平まで十キロほどの道のりを戻って右折する。
まわりの景色はだんだん畑、黄色い菜の花畑が緑の畑を縫うように点在している。お茶の栽培をしているところも多い。道の脇では梅が花を纏っていて
「ああぁ、春なんだなぁ」
色で錯覚するものの、気温はまたしても低くて雨模様。どう考えても春という感じは私にはしないのだが、雪がすでに溶けた今、彼らにとっては春の訪れということになるのだろう。
びしょ濡れ寒くて、荷物が多くて、歩くのが不自由で……そんなことばかりが私の頭の中を占めていてすっかり忘れていたのであるが、貴州は少数民族の多い省でもある。途中、頭に長い布をグルグルに巻きつけ、倍くらいのサイズになってる苗族の人達が歩いているのを見かけた。

そのうち車酔いでゲーゲーやりだしたがんばーは、寒い寒いと訴える。ビニール袋を渡し、がんばーのバッグの中から毛布を取り出して掛けてやる。
飛行機に乗って、電車に半日乗って、車酔いになりながらタクシーで何時間も掛けて家に帰る。
こんなことを十二回も繰り返したのかと思うと、胸が痛くなる。
成田空港から私の家までは電車で三時間ほどなのだが、それでも
「遠い、遠い」
と文句を言っている私はいったい何モノなのであろうか?そんな気分にもなる。

途中で三回、パンクしたタイヤを替え、ライトをつけるとヘンな音がするというとんでもない車で、六時間後にやっと家の前に車は停まる。
が、ふと考えると
「いったい私は、どうやって帰ればいいのだろう?」
という疑問が浮かんで来る。
本当はがんばーの家で一泊させてもらって帰ろうと思っていたのだけれど、この疑問がある限りやはり滞在は無理そうである。
「ねぇ、懐華発の長沙行きの電車って何時にある?」
運転手の兄ちゃんに聞いてみると、夜中の一時に一本あると言う。
「じゃあさ、二〇〇元払うから帰りに乗せて帰ってよ。荷物もないことだし、途中で誰か乗る人が居たら乗せてくれていいからさ」
私はそう持ちかけてみた。ところが兄ちゃんは
「帰りにお客なんて拾わないよ」
と言うのである。
こんな辺鄙な場所では、誰もタクシーに乗らないと言うのだろうか。それとも六〇〇元という値段は行き帰りも見越した料金なのだろうか?
よくは分からないのだが、しばらく運転手の兄ちゃんには家で昼寝や食事をしてもらい、電車に間に合うように出発してくれるということで話をつけた。

乾爸の家はコンクリートの二階建てで、白い壁に青い屋根、目の前には畑が広がっている。一見したところ、別段「ボロボロ」というわけでもない。
がんばーが「青年」の頃に住んでいたところは、ここから歩いて三時間の辺鄙な山の中。しかしこれでは不便だろうということで、乾爸が土地と家を買ってここに新しく引っ越させたのだそう。なるほど、新しい家なのである。
弟さん、甥、お嫁さんが出て来て迎えてくれ、近所の人も
「帰って来たのかぁ」
などとわらわらと集まって来る。なんだか知らないが、乾爸はここでは有名人であった。
「さぁさ、入って入って」
お嫁さんにうながされて、コンクリート打ちっぱなしの部屋に入る。新しい家ならばさぞかし中もキレイなのだろうと期待したのだが、がらんとして何も無いというのが正直な感想だ。こんなに寒いのに家の中には暖房器具はなく、入口を入ってすぐ左手にいろりのようなスペースがあるだけ。
こんなもんなのかな?
そう思っている私に
「家の中を案内するよ」
乾爸に連れられて、私は家の中をぐるりと見て回った。
部屋数だけは多いのだが、コンクリート打ちっぱなしの部屋にはベッド以外は何もなく、寒々とした印象だった。
弟さんの部屋のベッドの上には粗末な寝具があるだけで、布団は縦長に四つ折りにされ脇に寄せてある。もしかしたら普段は椅子としても使われるのかもしれない。壁から壁へと紐が渡してあって、そこに二つ三つのハンガーがぶらさがっているところを見ると、そこに服を掛けることになっているのだろう。しかし、服はどこにも見当たらない。
この部屋の奥にはもうひとつ小さな部屋があり
「ここが私の寝室だ」
乾爸が言うので入ってみたが、それは「物置小屋」という感じで雑然としていた。なにより弟さんの部屋を突っ切らなくては部屋へ入っていけないではないか。
入って右手には商店のショーケースのようなガラスのドアがついた棚があり、そこにはがんばーの服が畳んで入れられている。奥には木製のベッドがあり、マットレスもシーツも何もなく……毛布が一枚畳んで置かれている。
ひとつだけの窓からは灰色の空が見え、カーテンこそあるもののガラスは無かった。
ここに乾爸は死ぬまで暮らすの?
なんでこんなに小さな部屋しか無いの?
土地も家も乾爸が買い与えたんじゃないの?
喉の奥まで言葉は上がって来たのだが、私はぐっとそれらを呑み込んだ。