ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

乾爸③ 湖南省・長沙へ

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結局、2個の手荷物を持ち、乾爸の手を引いて飛行機に乗り込んだ。
機内では杖をついてそろりそろりと歩く乾爸を見かねてか、キャビンクルーが
「香港で車椅子を手配してあげようか?」
と声をかけてくれる。
なんとか歩けることは歩けるのだが、なんといっても香港の空港は広い。乗り換えるのに車椅子があれば乾爸も楽に違いない。手配してもらうように頼んで席につく。

しかして私は、不思議な気分になる。
香港でキャビンクルーをしていた時
「台湾のおじいちゃんっていうのは、なんで大荷物を抱えて飛行機に乗って来るのかなぁ。もーー、置く場所なんかありゃしない。頼むからチェックインしてくれぇ」
などとほざいていた。
しかし、何の因果か私はこうして、「頼むからチェックインしてくれぇー」と叫ばれる側に立たされてしまったのである。
人生というのは本当にわからない。

さて、貴州というのはどのくらいの温度なのであろうか。いつもなんとなぁーく旅に出てしまう私も、今回はさすがに事前にテレビのニュースなどで気温をチェックした。気温は20℃前後、台湾よりも少し寒いくらいであろうか。それでも万一に備えてとセーターを一枚余計に入れておいた。
薄手のパンツを履き、長袖のシャツを着て、カーディガンを羽織って出発したのだが、乗り換えた香港の気温はすでに26℃でむしむしっと暑かった。カーディガンを脱いで腰に巻き、シャツの袖もまくって飛行機の出口へ向かう。
香港のゲートでは車椅子が待っており、係の人が押してくれる。
搭乗はターミナルからの入口ではなく、簡易エレベーターのような機械を使って機体の外からとなる。飛行機において身体の不自由な人は、「最初に乗って、最後に降りる」というのが鉄則だ。
逆側のドアから一番乗りで機内に入ると、ひんやりと冷房が効いていた。

長沙までは1時間半くらいなので、台北から香港くらいの時間である。
なんだ、近いんじゃないか。
余裕の笑いをかましていたのだが、その笑いは到着前の機長アナウンスとともにしゅるしゅると消えた。とんでもないのである。
長沙の気温は4度、雨がしとしと降っている。台湾よりちょっと寒いくらいだと聞かされて来たのに、どうしたことだろう?
長沙の空港に着いてみると車椅子の手配などなく、いきなりタラップである。ターミナルから機内へと続く橋のようなものがあるわけではないので、タラップを降りたらまたバスに乗り換えねばならない。
これでは本当に歩くことも出来ないような人は、機体から降りることも出来ないではないか。
香港で受けた至れり尽くせりサービスは期待しないけれど、身体の不自由な人のためになんらかの手段はないものかとちょっと溜息が出る。
長沙の黄花園空港からのタクシーは150元と最初ふっかけられたが、なんとか値切って80元で長沙の街へと向かう。中国民航のバスに乗れば13元だということは分かっていても、70㎏の荷物があってはどうにもならない。
タクシーが停まったのは駅の目の前。夜行列車の切符を買いに窓口に走るが、今日の切符は全部売り切れだった。
明日の夕方5時過ぎの列車ならば軟臥のコンパートメントがあるといわれたので、とにもかくにもそれを入手。荷物が多いので軟臥でもいいだろう。
今晩はこのあたりに宿を取るしかないが、乾爸は足が悪くて長い距離は歩けないのだから、宿は駅の近くでなければならぬ。
乾爸に駅前で荷物番をしてもらい、あちこちの招待所をあたってみるが、どれも
「うーーーーーん」
という感じなのである。
うーんと私が唸るのは、値段相応か否かという点。はじめから豪華なホテルなど期待してはいないが、くらぁーーくて、じめじめっとして暖房も無いのに120元だのと言われると……なんとも納得がいかないのである。
やっと探し出したのは、駅の目の前の『暁園百貨公司暁園招待所』。三人部屋でお風呂とトイレ付き、暖房もついて138元。
しかし、この招待所の部屋は4階だ。杖をついた乾爸が階段を上るのはひと苦労に違いない。しかし、数軒あたった中ではここが一番マシなのだ。
値切ってみたら120元になったのと
「明日の電車って午後五時なので、なんとかチェックアウトの時間を遅くしてくれません?」
と頼み込んでみたら、本当は12時のチェックアウトを1時に延ばしてくれたのとで、まぁいいやとここに決めた。
鼻水をずるずる垂らしながらも、駅へと乾爸を迎えに行く。乾爸のまわりには片手に人民紙幣を折りたたんだものを載せた、乞食のおじいさんやおばあさんが無言でまとわりついていた。
お金をねだるのなら、もっと金持ちそうな人に当たればいいのに……。
私はそんな風に思ったが、カーキ色のジャケットに野球帽。台湾では一見して『ああ、もと軍人だな』と分かるいでたちの乾爸が、こうして長沙の駅で見てみると……まるでこの土地の人のようにも見えるのだった。

大荷物はどうやったって4階までは運べないから、駅の荷物預けに1個5元で大きいのを2つだけ預ける。
うーーん、1個5元。これは高い……が仕方ない。
杖をつきつき、ぼちぼちしか歩けない乾爸を横からささえ、雨の通りを招待所に向かう。
しかして、中国の街というのは身体の不自由な人のことなど何も考えていないように出来ている。信号も横断歩道も何もないので、体に何の支障もない私でさえ、駅前の道路を渡るのはひと苦労だ。
車の間を縫ってさっと渡らなければいけないのだけれど、乾爸のよちよち歩きでは手際よく渡るなんてことはまず無理。
プップー!
クラクションを鳴らされまくって道を渡りながら、そんなに鳴らしたって早く歩けないものはしょーがないじゃないかっ!
なにやらむしょうに腹が立つのである。