ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

Ladakh⑥遠い夜明け

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翌朝、目が覚めたらチョースッキリ。めまいも止まったようでふらふらもしないし、心なしかお腹もすいていた。

遠くの山の上には灰色のブランケットのような雲が広がっている。窓を開けて手を出してみると
「さぶっ」
だけれども、だんだん身体も慣れてきたのであろう。マイナスな体感ではないから1℃~2℃というところか。
それでも、パンゴン湖にいけば5~6℃は低いだろう。スーツケースから長い丈のダウンコートも引っ張り出した。

昨晩、夕食抜きだったのでお腹は減っているけれど、こんな山の中では肉と卵と乳製品ヌキのなんちゃってベジタリアンはあまり食べるものがないだろうと思ったら、
おかゆ?」
日本語で訊かれて飛びついた。
ラダックはもともとチベット文化の流れをくんでいるところなので、伝統的な食事はチベットにそっくりだ。『ツァンパ』と呼ばれる大麦焦がしをバター茶で練ったものがかつてのラダック人の主食だったし、チベット風のうどん『トゥクパ』やチベット風の蒸し餃子『モモ』もポピュラーだがどれも麦であって米ではない。まさかおかゆ! と驚いたけれど、よく考えたらラダック王国が19世紀に滅亡してインドになってからは、チャパティーもカレーもお米も普通に食べられるようになっているのである。
ただし、野菜や果物をはじめほとんどの物資は他の地域から入ってくるので、物価はインドの普通の地域に比べるとかなり高い。観光客がやって来る夏の間はそれこそイタリア料理、タイ料理、ネパール料理などなど各国の料理を提供するレストランがあちこちにあるので何の問題もないが、雪で陸路が閉ざされる冬の間は現地の食堂以外はほとんどの店が閉まってしまう。野菜のない『トゥクパ』や『モモ』中心の、昔ながらの食生活を余儀なくされることになろう。
日本のたくわんのような漬物をポリポリかじり、おかゆを食べたら身体がぽかぽか温かくなってきた。ふと、ホテルの入口の方を見るとまだ約束の時間までには小1時間あるというのに、ドライバーさんとガイドさんの姿が外に見えた。
「はやっ」

オーストラリアにはオーストラリア時間、台湾には台湾時間、世界各国には時差とは別にその国独特の時間感覚というのがある。
友達と待ち合わせの時間を決めて、実際に出発できる時間との誤差をこう呼ぶのであるが、台湾は30分くらいでオーストラリアは45分くらいだろうか。悠久の時が流れるインドはといえば80分~120分くらいが目安。
日本人とインド人の友人グループで一緒に出かける場合、「9時に出発したいな」と思ったら日本人には9時出発の旨伝えておき、インド人だけには「7時集合で!」と言っておけばイライラしなくてちょうどいいのである。
とはいえ、この間なぞは列車に乗り遅れたといって11時間遅れてきた強者もいて、これはさすがに待ちくたびれた。

もちろん、仕事となればこんな悠長なことは言っていられないので、インドでもガイドさんは時間通りにやってくる。
「インド時間じゃなくね!」
前日に何度か念押ししておけば、9時集合ならば8時58分くらいに。うっかり念押しを忘れても9時2分くらいには「あー、間に合ったぁ!」とかなんとか言いつつ現れる。
「ぜんぜん間に合ってないから!」
心では思うものの、11時間のまちぼうけを思えば「うん、まぁ、時間通り」である。
そんなインドで1時間前にガイドさんがホテルに現れるというのは、いわばとんでもない奇跡である。
ガラス越しに目と目があったので手を振った。向こうも軽く手をあげたので、わかったようだ。
外は冷えるし、まだ時間もたっぷりある。二人がテーブルに来て一緒にチャイなど飲めるように、ノートやガイドブックのとっちらかったテーブルの上をささっと片付ける。
……が、いつまで待っても二人は来ないのである。とぉーーーーい!

ジュレー(おはよー!)」
向こうから来ないのであれば、こっちから行くしかない。
ホテルの外へ出て挨拶すると、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ楽しそうにじゃれていたガイドさんとドライバーさんが、急に真面目な顔になり
「昨晩はよくお休みになれましたか?」
お客さんかよ! と思ったが、そう、忘れていたがよく考えると私はまぎれもないお客さんなんである。
昨日からたった今まで遠い遠いとずっと言っているのだが、それは自分がいつもツアーコンダクターでガイドさんとはいわば「同志」のような立ち位置にいるからだったのだ。
ガイドとツアーコンダクターなら顔を合わせればなんじゃかんじゃと話もするし、冗談も言い合う。どちらも人見知りでは絶対につとまらない仕事なだけに、すぐに打ち解けるのが普通。ホテルのレストランで私が朝食を食べているのを見れば、よっぽど言葉の通じない国のドライバーさんでもないかぎりは同じテーブルに来て
「今日、どうする?」
ってな打合せをするのはごく自然なことだ。逆に、違うテーブルに座られたりした日にゃ仲が悪いとしか思えない。
席がないから、相席になるからという理由でツアーコンダクターが自分のお客さんのテーブルに
「お邪魔してもいいですか?」
行くことはあれど、席が他にいっぱいあいているのにガイドさんがお客さんのテーブルに行って座るというのは確かにまずないことだ。
遠い理由は彼らにあるのではなく、私がお客さんという立ち位置にあるからなのだと、ようやっと気がついた。