ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

⑥Aさんの『自己紹介』

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DBC・日本人
私の2本目のFDの時のことです。私達は決まったメンバーで乗務していないので、毎回のフライトはいつも違う顔ぶれで仕事をすることになります。

フライトの前の打ち合わせ(ブリーフィング)が終わると、皆争うようにチーフパーサーをはじめ、各セクションリーダー達(DPF以上)に自分の名前を言って歩きます。前もって紙に写し書いておいた名前に、挨拶が済むとチェックを入れて行きます。

ところが今回はFDで慣れていなかったことや、行きのクルーはメルボルンで3泊するのに私達新米は1泊で帰る。行きと帰りでメンバーが変わってしまったから大変です。
ロビーに集まった初めて見るメンバーの名前が分からず、それでも片っ端から挨拶したつもりでおりました。きちんと確認するすべもなかったのですが、とにかく飛行機に乗りこみました。

新聞、タオル、ヘッドフォーンの準備など。機内で、お客さんが乗って来る前にすることはたくさんあります。夢中で手伝っていると1人のクルーがものすごく不機嫌な顔で私達2人を呼びました。
「ちょっと...」
私達が働いていたのは、1番後ろのASCというギャレーで、ここで働いているのは私達FDクルー意外に4人のDBCと1人のEYパーサーのはずです。DBCとEYパーサーの制服は同じ赤で、違うのはエプロンの色だけ。 ところがエプロンは離陸後、ポーンと操縦室からの合図の音がしてから身につけるので、こうして準備をしているうちはまったく外見からは分からないのです。
「はい...?」
「なんて名前?」
クラスメートのFDクルーと私は、口々に名前を答えました。ところが彼女が聞きたかったのは、私達の名前ではなく謝罪の一言でした。
「私を誰だか知ってる?」
私達は黙っていました。
はっきり言って私達は彼女の名前さえも知らなかったのです。自己紹介をホテルでしていたとしても、返事替わりに自分の名前を教えてくれる人は極わずかだし、教えてくれたとしても17人の名前なんて、そうそう瞬間的に覚えられるものじゃないんです。
ところが彼女はもっと怖い顔になって、
「私があなた達のセクションリーダーよ。訓練所で、自己紹介が大切だって習わなかったの?」
切り口上の早口・香港英語に身がすくみました。
「習いました..」
「それじゃあどうして私には挨拶しなかったの?必要じゃないとでも思ったわけ?MSC(真ん中のギャレー)のパーサーも、あなた達が自己紹介しなかったって怒っていたのよ」
消え入りそうな声で、
「名前のリストが無かったので、ホテルで挨拶したんだと思い込んでいたんです。本当にごめんなさい」
そう言い訳したのが却って彼女の怒りに油を注いだのか、彼女はヒステリックに叫びました。
「今からすぐに、もう1度機内の全員に挨拶しなおしてらっしゃい!」
『そんなぁ』という思いを胸にファーストクラスから2階席、MSC。みんなには『もう、済んでるわよ』という顔をされながら、もう一度名前を言い歩きました。
「行って来ました」
EYパーサーに報告しましたが、口をきいてもらえません。仕事が始まっても私達の存在はまるで無視、話し掛けても答えてもくれません。仕方がないので、がむしゃらに働きました。悪夢のような8時間のフライトが終わる寸前、もう一度パーサーに謝りに行きました。
「初めての乗務先でのクルー交代で、気付きませんでした。本当にごめんなさい。そして今日はどうもありがとうございました」
彼女は私達が頼んでいた、訓練所に提出するための書類を記入し終わると、私達にそれを投げつけました。書類には『基本的なことが何一つ出来ない。訓練所に送り返すことを強く希望する』と書いてありました。
他のDBC達から
「今日は本当に良く手伝ってくれて、ありがとう」
と声の掛かる中、私は泣きたい気分になるのを必死でこらえました。
挨拶がいくら重要でも
『私がパーサーになった時には、こんな意固地の悪いやり方はすまい』
と自分に言い聞かせるのでした。