ぼうけんこぞう

旅と冒険(回遊ともいう)の軌跡と映画

④キャンヴァス

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さて、『キャンヴァス』という言葉をご存知だろうか。
会社では乗客に出来るだけ話し掛けるという、良く言えばフレンドリー、悪く言えば馴れなれしいこのキャンヴァスを推奨している。ただ、400人近い乗客の中から数人を選んで話し掛けるのは難しいので、このきっかけも英語の訓練の中で教えてくれる。
例えば、『香港は初めてですか?』とか『香港へはお仕事ですか?それとも観光ですか?』というような既成の文章をえんえんと壊れたレコードのように練習したりする。
話が政治や宗教などの、個人的な事に及んだ場合の中座のし方なんていうのもあって面白い。ただ、実際に毎日キャンヴァスしているかと言うと、特定の場合だけ。
飛行機の降り際にドアのところに立っていると、降りる順番を待つ乗客と目が合って気まずいなんていう時には、世間話みたいに話し掛ける時もあるし、ギャレーに同僚が飛び込んできて
「15のCに女優の誰々が座ってる!」
なんて言う時は、みんな我先にやじ馬根性丸出しでキャンヴァスに行ったり、
「54のGに物凄いハンサムが乗ってるよ」
という情報が入れば、独身のクルーが飛んで行ったりする。不純な動機はともかくこのキャンヴァスによって、知らない人と気軽に話が出来るようになったし、自分と違う世界に住む人の面白い経験談なんかも聞けて、私はこのキャンヴァスがとても気に入っている。

会社の色々な規約にも面白いものがたくさんある。
制服では飲酒が出来なかったり、喫煙もホテルのコーヒーショップと限られていたり、私服と組み合わせて着てはいけない(例えば私服に会社の靴を履いてはいけない)等。極力イメージダウンにならないように『お行儀良くしているように』と教えられたのだが、フライト先で現地のグランドスタッフが堂々と制服のままディスコで踊っていたり、結婚式に行ってビールを飲んでいるのを見ると、香港だけのしかもキャビンクルーだけの規則なのかもしれない。
キャビンクルーとグランドスタッフはまったく同じ制服なので、グランドスタッフが制服で呑んだくれていたのでは、あまり意味が無いような気もする。

スワップというのも独特のシステムで、今は試用期間の6ヶ月間は出来ないが、当時は飛び始めて最初の2便(今は1本)のファミリアリゼーション・デューティー(FD)、そのあと本番のフライト3本が終われば、このスワップが出来たのである。
FDとは実際には仕事をせずに飛行機に乗り、同僚の仕事振りを見学するというもの。しかし実際は勝手が分からずうろうろするので、仕事の邪魔になって嫌われるか、反対にこき使われる。
スワップとはフライトを誰かと取り替えてもらうことであり、ロングフライトの前後は何日休みがないといけないとか、月に4回までしか出来ないとか、ランゲージ・リクワイヤメントに触れないことなど、規則をかいくぐって見合う人を探すのである。
『このフライトは嫌だから行きたくない』と言っては、ボンベイ便をインド人クルーと単発で換える事も出来るし、日本人同士で相手が『うん』と言えば(ランゲージに引っかからないので、同じ国籍の方が成功率は高い)1月丸々ロスター(乗務日程)を換えてしまうことも可能だ。こうしてせっせとスワップして月に5日6日の連続した休みを作っては、せっせと自分の国へ帰る。